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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.09.10]

シクリャーロフなど若手の活躍が際立ったマリインスキー・バレエのロンドン公演

Mariinsky Ballet London Season,
マリィンスキー・バレエ ロンドン公演
Leonid Lavrovsky " Romeo & Juliet "
Konastantin Sergeyev "Swan Lake "
Homage to Balanchine "Serenade", "Rubies", "Symphony in C"
Marius Petipa "Sleeping Beauty "
レオニード・ラヴロフスキー『ロミオとジュリエット』
コンスタンチン・セルゲイエフ『白鳥の湖』
バランシンへのオマージュ『セレナーデ』『ルビー』『シンフォニィ・イン・C』
マリウス・プティパ『眠れる森の美女』

8月3日〜15日まで、マリィンスキー・バレエのロンドン公演が行われた。
首都ロンドンでの大がかりな引越し公演としては、3年ぶり。
「東京世界バレエ・フェスティバル」と日程が重複した関係で、ヴィシニョーワは来英せず、サラファーノフは公演最終日の『眠れる森の美女』を1度主演したのみ。ノーヴィコヴァのおめでた、オスモルキナの故障も、ロンドン公演を彩るダンサーの顔ぶれに新風を吹き込む結果となった。
 
ロパートキナ、イヴァンチェンコ、コルスンツェフ、クズネツォフ、コルプ、バイムラードフらヴェテラン勢の好演はもとより、ロンドン・デビューのソーモワとコレゴワ、長身と美貌、演舞の充実でここ数年話題のコンダウーロワ、今年3月に妻のアナスタシァと共にミハイロフスキー劇場から移籍したデニス・マトヴィエンコ、モスクワ・バレエ・コンクール男性シニアの部で金賞を受賞したばかりのシクリャーロフらが来英し、個性と美技を披露した。
それぞれの演目を話題の新星のキャストを中心に鑑賞してみた。
 
8月3日、シーズン初日にラブロフスキー版の『ロミオとジュリエット』を主演したのはアリーナ・ソーモワとウラジミール・シクリャーロフ。マキューシオにアレクサンダー・セルゲイエフ、ベンヴォーリオをイスロム・バイムラードフ、ティボルトをイリヤ・クズネツォフが踊った。

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通常控えめな演技とエレガンスで知られるマリィンスキー・バレエだが、ソーモワとシクリャーロフは、優美でいながらも、それぞれが非常に情熱的。年齢・容姿共にこの作品の役柄が良く似合った。
前回バレエ団がロンドンでこの作品を披露した際には、サラファーノフがマキューシオを踊ったものだが、今回連日同役を踊ったのは、バレエ団の新鋭アレクサンダー・セルゲイエフ。フレッシュな魅力と鮮やかな跳躍にワガノワ・スタイルの美しいラインを奮い好感度の高い踊り手である。欲を言えばマキューシオが死にいたる場面にもう少し演技力や色気がほしい。
クズネツォフ、バイムラードフら芸達者たちも、主役を引き立てながらも作品に自らの個性をしっかりと焼きつけ観衆の目を奪った。
 
『白鳥の湖』初日の8月6日に主役を踊ったのは至宝ロパートキナ。当初ロパトーキナは『眠れる森の美女』のリラの精にも名前があったのだが、最終的に『白鳥の湖』と「バランシン小品集」の2回主演するに留まった。
 
8日(昼)のエカテリーナ・コンダウーロワとイーゴリ・コルプ主演の『白鳥の湖』を観た。
 コンダウーロワは湖畔の場面の登場から、優れた叙情性と水際立った美しさで観客を物語りの世界に誘った。足音を立てぬポアント使い、細く長い腕のポールド・ブラ、目線やエポールマンの端々から白鳥姫オデットの哀しみやフェミニンな魅力が香りたつ。
美しいがどこか近寄りがたい魅力の持ち主であるロパートキナとは対照的に、コンダウーロワの白鳥には、男性なら誰でも手を差し伸べたくなるような繊細さと女性ならではのたおやかさがある。
コルプは1幕、本を片手に持って佇む姿に他の主役男性には観られない知性が香り、黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでは踊り手としての充実が光った。全幕を通じて長身のコンダウーロワを巧みにサポートする姿も頼もしい。
ロットバルトは当初ズヴェーレフが予定されていたが、開演直前にクズネツォフが踊るというアナウンスがあり、ロンドンのバレエ・ファンを大いに喜ばせた。3幕の黒鳥の場では、バレエ団期待のコンダウーロワと共にスター性たっぷりで作品を統べ、土曜の昼の部とは思えない素晴らしい配役にコベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスに集った老若男女を歓喜させた。
 
マリィンスキー・バレエのロンドン・シーズンはラブロフスキー版の『ロミオとジュリエット』で幕を開けたことが仇となり、英国5大新聞での初日の批評が今ひとつであった。
ロンドンのバレエ・ファンといえば、『ロミオとジュリエット』の世界的なスタンダードであるマクミラン版を、フォンティーン、ヌレエフの昔から見ている。深窓の令嬢ジュリエットが恋を知り大人への階段を駆け上がる姿、ロミオと友達であるマキューシォ、ベンヴォーリオとの男の友情、主役二人の出会いから秘密の結婚、死を迎えるまでが、何ともドラマティックに描かれたマクミラン版を、ドラマを演じ踊ることにかけて他の追従を許さぬ演技派ダンサーたちが踊る姿に、毎夜紅涙を絞っているのである。
ロンドンの批評家やバレエ・ファンの目に、ジュリエットの魅力が中心に作られている1940年初演のラブロフスキー版は何とも古風で、美しいがドラマに欠けているように感じられ、感情移入できないのである。
 
そんなマリィンスキー・バレエのロンドン・シーズンが急に盛り上がりをみせたのは、「バランシンに捧ぐ」初日の8月12日のことであった。
『セレナーデ』『ルビー』、『シンフォニー・イン・C』という珠玉の小品をスター・ダンサーと期待の若手が踊った。
 『セレナーデ』は中心のペアをテレショーキナとイヴァンチェンコが、『ルビー』の中心の3人はイリーナ・ゴルプ、シクリャーロフ、コンダウーロワ、『シンフォニー・イン・C』は第1楽章をテレショーキナとマトヴィエンコが、第2楽章はロパートキナとコルスンツェフ、第3楽章はエフセーエワとステピン、第4楽章をオブラツォーワとティモフィーエフが踊った。

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アレグロに強いゴルプとシクリャーロフのペアが『ルビー』で、エネルギッシュにしてスピード感あふれるダンスを見せ、何ともスリリングであった。
シクリャーロフは優美でいながら、素晴らしい音楽性を奮ってアクセントをつけ美貌のゴルプを追い舞台を駆け抜ける姿にスター性があふれ、今後世界のバレエ界を牽引していく若きリーダーとなるであろうことを感じさせた。
またこの作品で妖艶なファム・ファタールぶりを発揮したのはコンダウーロワであった。身体にフィットした真紅の衣装で長い手脚を伸ばし、挑むようなまなざしで踊る彼女の魅力に、観客はみな心を奪われた。
 
オールスター・キャストの『シンフォニー・イン・C』は、各楽章を優れたバレリーナが踊り見ごたえがあった。第1楽章のテレショーキナ、第4楽章のオブラツォーワも適役で素晴らしかったが、やはりロパートキナによる叙情豊かな第2楽章が強く印象に残っている。第3楽章のエフセーエワとステピンは新進ペアながら同じ音楽性を有し、将来有望なパートナー同士である。
 
「バランシン小品集」は2日目も『セレナーデ』にコンダウーロワ、『シンフォニー・イン・C』にシクリャーロフが出るなど魅力的な配役であったため、熱心なバレエ・ファンはオペラ・ハウスに日参していた。
 
2日目に『ルビー』の男性パートを踊ったのはデニス・マトヴィエンコ。最近ミハイロフスキー劇場の『スパルタクス』など男性的な役を踊ることの多かったマトヴィエンコが、久しぶりノーブルのチュニックを着て甘い魅力を発散させ、女性ファンを魅了した。
 
ラブロフスキー版の『ロミオとジュリエット』をシーズン初日に据えたことから初日の新聞評でつまづいたマリィンスキー・バレエだが、得意の「バランシン小品集」から、ロンドンのバレエ関係者に、やはりこのバレエ団が現在世界の最高峰であることを強く印象付け、ロンドン・シーズン後半になって、がぜん勢いづいた。

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シーズン最後の演目は『眠れる森の美女』。
初日の8月14日はオブラツォーワとコルプが主演、リラの精をコンダウーロワ、カラボスをバイムラードフが踊った。
オブラツォーワは登場からアチュチュード、アラベスク、グラン・スゴンドなど各種ポーズを美しく披露、ピルエットなど旋回技も正確で、常に音楽と共にあった。何よりもくるくる変わる顔の表情が魅惑的で、登場からフィナーレまでロンドンの関係者と観客を魅了して離さなかった。
コルプは各種ソロを、ダンスール・ノーブルらしくまとめ、何よりも相手役オブラツォーワを美しく踊らせる技術に男性舞踊手としての円熟がうかがえた。オーロラの結婚でオブラツォーワを両の手でサポートしながら10回ものピルエットさせポーズする2人の名人芸に、観客はただただ感心するばかりであった。
リラの精のコンダウーロワは優しさと品性の良さ、所作で際立ち、夫君で連日カラボスを踊ったバイムラードフと共に、観客の目を楽しませた。

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『眠れる森の美女』で、驚異のパフォーマンスを見せたのは初日の二人だけには留まらなかった。
翌日15日の昼の公演を踊ったのはコレゴワとシクリャーロフ。コレゴワはシクリャーロフを相手に踊った『白鳥の湖』が今ひとつであったことからロンドンのファンの間では「登場からフィナーレまで、バレリーナとしてスター性と技術の充実が必要とされる『眠れる森の美女』は無理なのではないか?」「なぜ新進スターであるシクリャーロフにもっと優れたバレリーナをあてがわないのか?」などと囁かれていた。
だがふたを開けてみるとコレゴワはマリィンスキー・バレエのオーロラ姫らしい優美と品性に優れ、技術的にも全く不足がなかった。
何よりも素晴らしかったのはデジーレ王子役のシクリャーロフである。
大きな跳躍には若いダンサーの力がみなぎっていながら、ダンスール・ノーブルらしい抑制があり、ポールド・ブラの腕の運びや所作も優美なら、跳躍から下りた時の足のポジションがどれも正確で美しい4番、5番ポジションにおさまるのである。バレエの世界で王子ダンサーを志す男子たちにとってお手本ともいえるパフォーマンスであった。
オーロラの幻を見て心惹かれ旅をする場面にも叙情性があふれ、フィナーレのオーロラの結婚のグラン・パ・ド・ドゥのソロではスター性が炸裂した。
 
イギリスのバレエ関係者やファンは『ロミオとジュリエット』と共に、やはりロイヤル・バレエのおはこである『眠れる森の美女』を見る目が厳しく、常に一家言あるのだが、美しい舞台装置と世界最高峰のダンサーによるマリィンスキー・バレエの『眠れる森の美女』には大いに満足し、家路に着いたのであった。
主役以外では15日(昼)にフロリナ王女を踊ったイリーナ・ゴルプの華やぎ、連日「優しさの精」を踊ったマリア・シリンキナの将来性が強く印象に残った。
 (2009年8月3日『ロミオとジュリエット』 8月8日マチネ、11日
『白鳥の湖』 8月12日、13日「バランシン小品集」 8月14日、15日マチネ
『眠れる森の美女』ロイヤル・オペラハウス。撮影は8月3日、12日、14日のゲネプロ)