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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.04.10]

ニューヨーク・シティ・バレエが27年ぶりのロンドン公演

 3月12日、1ヶ月に渡る「スプリング・ダンス・シーズン」が幕を開けた。
これはサドラーズ・ウェルズ劇場とアスコナス・ホルト、レイモンド・ガベイの3社共同企画で、今年から5年間、世界の著名バレエ団やダンス・カンパニー、アーティストをコロシアム劇場に招聘しようというもの。
 今年は3月12日から4月7日まで、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB),シュツットガルト・バレエ、「カルロス・アコスタと仲間たち」「カルロ ス・アコスタとキューバ」「シルヴィ・ギエムとラッセル・マリファント」という錚々たるラインナップの公演が連なり、発表以来ロンドンのバレエ関係者と ファンの間で大きな話題となっていた。
 この企画は「これまでロンドンで観ることが難しかった団体の招聘」に力を尽くし、今回のNYCBは27年ぶり、シュツットガルト・バレエ団は実に28年ぶりにロンドンの観客の前にその全貌を現した。

 NYCBは「バランシン名作集」「ロビンス小品集」「4つの声」「ミュージカル集」の4演目を持って来英、10日間12公演を行った。
 3月18日に「4つの声」、22日に「ミュージカル集」を観る。

「4つの声」はバランシン存命時のバレエ団のダンスール・ノーブルで、振付家、NYCB芸術監督であるピーター・マーティンス、19歳でロイヤル・バレエ を退団しNYCBに移籍、2001年から今年の2月まで7年間バレエ団の常任振付家を務めたクリストファー・ウィールドン、ヨーロッパを中心に幅広く活躍 するマウロ・ビゴンゼッティー、ボリショイ・バレエ団芸術監督アレクセイ・ラトマンスキーという現代を代表する4人の振付家の作品を一挙上演する興味深い 内容であった。

 幕開けはウィールドン作品『カルーセル』。これはロジャース・ハマースタインによるミュージカル『回転木馬』を元にしたウィールドン29歳の時の作品 で、NYCBが02年に世界初演した。ミュージカルから「回転木馬ワルツ」「もしも君を愛したら」の2曲が流れる中、主人公のジュリーをティラー・ペッ ク、ビリーをダミアン・ウーツェルが踊った。

 回転木馬が回る場面の振付が見事で目を奪われた。男性群舞一人一人の背に、手に1本の棒を持ったバレリーナたちがのり、男性群舞が弧を描くように連なり 動く。大道具を一切使うことなくメリーゴーランドで戯れる若者たちを描き、ウィールドンの空間使いの巧みさと豊かなイマジネーションに打たれた瞬間であっ た。
 舞台が明るくなったかと思うとロシア風の衣装を身にまとったイヴォンヌ・ボレとアンドリュー・ヴェイエットの2人が舞台に現れた。観客の目には美しい が、非常に難易度の高いパートナーリングの妙技を見せたかと思うと、ボレが小さな跳躍から両足ポアントで着地したり、軸足と反対の足をフレックスにしてピ ルエットで回るといった超絶技巧や現代的な振付を披露。

 男女が時々手で膝やかかとを打つしぐさや爪先で床を叩く所作に、ロシア色がうかがえる。マーティンスの洒落た小品『ザコウスキー』(ロシア語でオードブルの意味)である。
 バランシン作品を踊り、熟知しているマーティンスならではの、スピード感あふれる振付、音楽の見事なまでの視覚化、そしてウィットに富んだ何とも魅力的な小品で、彼の振付家としての優れた才能を、ロンドンの関係者および観客に大いに印象付けることに成功した。

 暗い舞台の上に、黒いレオタードの女性群舞と黒いタイツの男性群舞。ビゴンゼッティーの『イン・ヴェント』は、ベンジャマン・ミルピエを中心に、計11 人の若手が踊る。まず男たちがブレイクダンスのようなフロア使いや武道のような動きを見せ、暗黒舞踏にヒントを得たような醜悪なポーズをとっては観客の耳 目をそばだたせる。その後、男性4人が手をつなぎながらもつれ合い様々なポーズの妙を披露。最後は男女全員が横1列に並び、一人一人異なる美しいポーズを とって観客と向き合う。

 ビゴンゼッティーの振付は女性の肉体の持つセンシャルな美や、男性の肉体の清らかな美を際立たせ、ブルーノ・モレッティの美しい音楽、照明効果とともに、観客を暗い寝室の中で美しい夢から今目覚めたばかりのような深い酩酊感を味あわせた。

 ラトマンスキーの06年作品『ロシアン・シーズンズ』を踊ったのは、ウェンディ・ウィーラン他、計12人のダンサー。これといったストーリーのない抽象作品で、一部に同じ振付家の『カルタ遊び』と似た振付が顔をのぞかせた。

 4作品それぞれが興味深かったが、中でもビゴンゼッティーの『イン・ヴェント』、マーティンスの『ザコウスキー』が忘れがたい。
 特にビゴンゼッティーの高い美意識と深い精神性に裏打ちされた小品は、無名の若手ダンサーの一人一人をも輝かせ、観客を素晴らしい芸術作品に触れた時にだけ感じうる充足感で満たした。
 ダンサーでは、『カルーセル』を踊ったウーツェル、『ザコウスキー』のボレとヴェイエット、『イン・ヴェント』のミルピエ、『ロシアン・シーズン』のウィーランが、それぞれの個性と舞踊技術により強い印象を残した。

『ザコウスキー』『ロシアン・シーズンズ』


「ミュージカル集」を観に行った最終日22日は、復活祭の四連休の中日であった。通常この時期は海外や国内に小旅行に出かける人が多く、残留組は実家を訪 れ家族で過ごすことから、ロンドンの繁華街は大分静かになる。特に今年はお天気に恵まれず、雪やみぞれがちらつく冬のような連休であったが、バレエ・ファ ンの多くはこのチャンスにNYCBの公演を観ようとロンドンに留まり悪天候の中、劇場に足を運んだ。

「ミュージカル集」は、マーティンス振付『ザウ・スェル』、バランシンの『タランテラ』と『ウェスタン・シンフォニー』、ロビンスの『ウエスト・サイド・ストーリー組曲』の4作品。
 NYCBは『オン・ユア・トゥズ』『王様と私』『サウンド・オヴ・ミュージック』などで有名な作曲家リチャード・ロジャース生誕100年にあたる03年 のシーズン初日に、この巨匠にちなんだバレエ3作品を上演した。マーティンス振付『ザウ・スェル』は、その際世界初演された小品で、1930年代のニュー ヨークの社交場が舞台になっている。

 30年代といえば、ロジャースとロレンゾ・ハートによるミュージカルがブロードウェイを席巻した頃。このバレエは『イズント・イット・ロマンティック』 『ディス・キャント・ビー・ラヴ』といったロジャースとハートによる名曲を男女の歌手が歌う夜の社交場に集まった4組のカップルを描いた作品。

 ファースト・キャストによる最終日はフェイ・アーサーズとチャールズ・アスケガード、ダーシー・キスラーとジャレッド・アングル、サラ・メアンとタイラー・アングル、ジャニー・テイラーとニラス・マーティンスの4組が踊った。
 容姿とプロポーションに優れた男女が、男性は燕尾服にホワイト・タイの正装、女性は当時流行のさや型のコートや美しいロング・ドレス姿で男性にエスコー トされ、アール・デコの社交場に集まってきては踊る。女性4人はポアントは履かず、当時のファッションそのままに男性と、ワルツやジャイブといったボール ルーム・ダンスを踊る。

 この作品で見事な舞踊技術を見せ一人火を吐いたのがニラス・マーティンス。目にも鮮やかなジャイブのステップを踏み、楽隊を指揮しているかのように音楽 を御してしまう様は何やら神がかって見えた。40を過ぎ、やや肉がついたものの、父マーティンス譲りの美貌や音楽性は健在で、昨年夏のコカイン所持事件か ら無事立ち直った様子である。

 お馴染み『タランテラ』を踊ったのは、アシュレー・ボーダーとダニエル・ウルブリヒトの若手プリンシパルであった。2人ともこの作品を踊るたための人並 みはずれた音楽性と華やかな技巧や瞬発力を備えていた。特筆すべきはウルブリヒトである。深窓の令嬢たちが目にしたら、皆驚いて逃げ出してしまいそうな雄 々しい性的アピールでこの作品の男性ソロを踊り、40年以上前の作品を自らの個性で彩ってみせた。

『ウェスタン・シンフォニー』はイギリスでもバーミンガム・ロイヤル・バレエが上演し、カウボーイと女性たちがくりひろげるアメリカらしい作風が人気をよんだ。
22日はミーガン・フェアチャイルドがコケティッシュな魅力をふりまき、テレサ・レイチェレンがシャープなポアント使いを見せれば、ベテランのダミアン・ウーツェルがコミカルな表現力と音楽性でロンドンの観客を魅了した。

『ウェスト・サイド物語』はあまりにも有名なバーンスタインの音楽と共に、NYCBのメンバーが白人系ジェット団とプエルトリコ系のシャーク団の2手に別 れて踊り、ある時は歌う。シャーク団のアニタが『アメリカ』を歌い、女性たちが踊り乱れる場面で、舞台は通常のバレエ公演では考えられない熱狂と興奮のる つぼと化し、当日コロシアムに集まったロンドンの観客を大いに喜ばせたのであった。

 こうしてNYCBは、バランシン、ロビンスから現代にいたる優れた作品群とアメリカの大らかな魅力を、四半世紀ぶりに訪れたロンドンの地に思う存分にふ りまき帰っていった。27年ぶりに大西洋を渡ってきてくれたダンサーたちの名演を目にすることができた我々は何とも幸せな観客であった。

『ウエスト・サイド・ストーリー組曲』『ウエスト・サイド・ストーリー組曲』