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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.03.10]

マリス・リエパを称えるガラ

2月24日、コロシアム劇場でソビエト時代のボリショイ・バレエを代表する男性ダンサー、マリス・リエパを称えるガラ公演が行われた。
主催は子息で、本人もアナニアシヴィリとのパートナーシップで世界的な人気を博したアンドリス・リエパと、妹のイルゼによるリエパ基金と、ロンドンの招聘元アンサンブル・プロダクション。
ボリショイ、マリィンスキー、パリ・オペラ座、英国ロイヤル・バレエ団のスター・ダンサーが出演するとあって、早くからイギリスのバレエ・ファンの間で話題の公演であった。
日本は、主として欧米ロシアのバレエ団のオフシーズンである夏に、有名ダンサーによるグループ公演や、ガラ公演が多く行われるが、イギリスではバレエ団 主催のガラが年に1度あるかないかといったところ。特に今回のような世界的人気の4団体のスターによる合同公演というのは非常に稀なのである。

アンドリス・リエパの挨拶に続いて、『スパルタクス』のクラッスス、『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』といったマリス全盛期の映像が映し出される。恵まれ た容姿、優れた演技力、ソビエト・バレエ黄金時代のボリショイのスターならではの傑出した存在感。映像が途切れると娘のイルゼが白いドレスに黒い布を手に 現れ、『献辞』と題されたソロを踊った。非常な長身ながらその美貌と表現力でダンサー、女優として活躍する彼女の魅力が生かされたスタイリッシュな小品で ある。

『献辞』 『献辞』

続いてロイヤル・バレエのタマラ・ロッホとフェデリコ・ボネリが登場し『エスメラルダ』のパ・ド・ドゥを踊った。ピルエット、フェッテなど旋回技に秀で るロッホが、タンバリンを片手にトリプル・ピルエットやダブル、トリプルを織り交ぜたフェッテを披露。相手役のボネリは疲労骨折で長く舞台から遠ざかって いたが、短いパ・ド・ドゥの中に、跳躍や巧みなパートナーリング、品性の良さといった彼の持ち味の全てを奮い、関係者や観客に完全復帰を強く印象付けた。

『エスメラルダ』

4年前に若くして亡くなったドイツ人振付家ウヴェ・ショルツの『火の鳥』でロンドンの舞台にカムバックを遂げたのが、ウラジミール・デレヴィヤンコであ る。ボリショイ舞踊アカデミー時代から、学校の歴史始まって以来、最も柔軟な身体を持った男子として知られ、78年のヴァルナ国際バレエ・コンクールでは 金賞とグランプリをダブル受賞した元ボリショイ・バレエのプリンシパル。早くより西側に移住して活躍。最近までドレスデン・バレエ団の芸術監督として手腕 を奮った。
私の記憶に間違いがなければロンドンで踊るのは20数年ぶりである。後年ノイマイヤーの『幻想 白鳥の湖のように』でルードヴィヒ2世を踊り、演技者、 ダンサーとしての円熟を極めたが、優美で中性的、品位香る彼の個性は、フォーキンの『薔薇の精』や、神聖な力を両の翼に秘めたウヴェ・ショルツの『火の 鳥』といった役柄を得て最も輝く。
40代後半であるはずの彼の肉体の圧倒的な美しさと、その肉体がつむぐラインの美、ふわりと飛翔し音もなく着地する技術に、往年のデレヴィヤンコを知るファンの多くが驚嘆のまなざしで見入ったひと時であった。

『火の鳥』

マリス同様、『スパルタクス』のクラッススを当たり役にしたマールク・ペレトーキンが、関係者やファンの期待を裏切ってイルゼ・リエパを相手役に踊った のはマイケル・シャノン振付『ボヴァリー婦人』。フローベールの原作の影がほとんど見うけられなかったのは、二人のスター・オーラの大きさゆえであろう か。作品の題名は単に「不倫の情事」を意味しているようにしか思えなかった。
熟年スターの競演に続いて『ラ・バヤデール』よりブロンズ・アイドル(金の仏像)を踊ったのが、2年前のローザンヌ・コンクール1位とオーディエンス賞 他、内外で様々な賞を受賞後、昨年秋にロイヤル・バレエに入団したばかりのセルゲイ・ポローニン。ボリショイやオペラ座バレエの大スターに囲まれてあがり もせずに、短いソロでのびのびと自らの個性を際立たせた。なかなか大器で、将来が楽しみな若者である。
ザハロワが1部で踊ったのは『瀕死の白鳥』。優美さと類まれなる身体能力で古典の中でも『白鳥の湖』で水際立った美しさを見せるザハロワだが、この小品 では何やら自己完結してしまった趣で、観客の心を揺さぶるものがなかった。また死にゆく白鳥が舞台に身を伏せるポーズへ移行途中の足のたたみ方に一部品性 が失われる部分があり残念であった。
1部のトリはロイヤル・バレエのマリネラ・ヌニェズとティアゴ・ソアレスによる『海賊』。フォンティーンとヌレエフ、バッセルとアコスタといった世界的 スターと比べればやや小粒とはいえ、最近成長目覚しくスター性により磨きがかかったニュネズの魅力と、私生活のパートナーでもある2人ならではの息の合っ たパートナーシップで、この記念すべきガラのパート1を華やかに締めくくった。


『ボヴァリー婦人』

『ボヴァリー婦人』
『ラ・バヤデール』より 『ラ・バヤデール』より
『瀕死の白鳥』 『海賊』 『海賊』

第2部はプティの『スペードの女王』より、ゲルマンが伯爵夫人にカードの秘密について教えを迫る場面の抜粋で始まった。伯爵夫人はイルゼ・リエパ、ゲル マンは当初予定されていたツィスカリーゼに代わって、ボリショイ・バレエのドミトリー・グダーノフが務めた。グダーノフは非常に柔軟な身体とバランス能 力、旋回技に優れる芸術性の高い男性舞踊手である。だが玄人好みのダンサーで、ボリショイ・バレエが誇る女優バレリーナ、イルゼ・リエパの隣で主役を張る スター性がない。この作品を踊って、その魅力と個性を最も発揮するツィスカリーゼの名演を記憶しているバレエ・ファンには淋しい出来であった。

『スペードの女王』 『スペードの女王』

観客にツィスカリーゼ不在の淋しさを一瞬にして忘れさせてくれたのが、日本から駆けつけたボリショイ・バレエのアレクサンドロワとフィーリン組と『ファ ラオの娘』であった。前々日まで日本で踊っていた彼らにとっては相当なハード・スケジュールであったに違いないが、観客にそれを感じさせない2人のスター 性の大きさは、明るい舞台になおもたくさんのスポットライトが浴びせられているように思えた。フィーリンがソロで得意のアントルシャで舞台を渡っていく名 人芸を披露すると観客が沸いた。
当日コロシアム劇場の舞台には、白い床素材が張られていたが、ダンサーたちの熱演でこぼれる汗により滑りやすくなっていたらしい。1部ではデレヴィヤン コが、2部ではアレクサンドロワがあやうく転びそうになるハプニングがあり、観客をひやりとさせた。2月末といえば、バレエ・シーズンも半ば。ガラに集う スターたちは皆多忙で、疲れが見える頃である。

『ファラオの娘』 『ファラオの娘』 『ファラオの娘』

『オネーギン』のパ・ド・ドゥを踊ったロイヤル・バレエ団のヨハン・コボーは、自らが改定した『ラ・シルフィード』を初演するボリショイ・バレエに長らく 指導に行っており、また22日の公演ではマッジを踊った。男性ダンサーにとって至難のリフトが盛り込まれているこの作品のリハーサルをする時間も、とれな かったのであろう。通常このパ・ド・ドゥで驚異のパートナーシップを見せるコジョカル・コボー組が、当日はリフトで何度も破綻するという珍しい場面に遭遇 した。

パリ・オペラ座バレエより唯一参加したペア、ルテステュとマルティネスが踊ったのはフォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイティッ ド』。古典やネオ・クラシックのパ・ド・ドゥ中心のガラにあって新鮮であったものの、長身の2人が現代作品をさぞエキサイティングに踊ってくれるだろう、 というファンの期待は大きく裏切られてしまった。
古典バレエの姫を踊って良し、現代作品でも気迫とその類まれなる身体能力を誇示できるギエムと違い、ルテステュはフォーサイスを踊ってもオペラ座の女性エトワールの上品なエスプリを払拭することができず、強いインパクトの作品音楽を統べることができなかった。

ロイヤル・バレエのサラ・ラムとデイヴィッド・マカテリが踊ったのは『ロミオとジュリエット』のバルコニーのパ・ド・ドゥ。通常ロイヤルで踊っているマ クミラン版ではなくラブロフスキー版であったが、見事なまでに踊りこまれており、最近ロンドンで見ることが稀なこの版の魅力をよく伝えた。

『オネーギン』 『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイティッド』 『ロミオとジュリエット』

第2部でザハロワが踊ったのが、平山素子作品『リベレーション』。ここ数年ザハロワがガラで好んで踊る現代作品である。舞台に置かれた一つの椅子を巧み に使って、時に美しい狂女のように踊る姿は、古典やラトマンスキー作品ではこれまで彼女が発揮しえなかった表現である。現役日本人女性の手になる小品が、 アーティストとして進化し、充実するザハロワを世界のバレエ関係者や観客に印象付けているのを知るのは何とも嬉しい驚きである。

『リベレーション』 『リベレーション』

ガラのトリはボリショイ・バレエのオシポワとマリィンスキー・バレエのサラファーノフによる『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥ。バレエ団こそ違うが、二 人が持つ華やかな魅力と舞台で発散するエネルギーは同種の物で、昨年ロシアで、このパ・ド・ドゥで初共演し、話題を集めた。実際ボリショイ・バレエでの相 手役のイヴァン・ワシリエフより上背もあり、より洗練されたパートナー技術を持つサラファーノフとオシポワは非常に似合いのペアで、視覚的バランスに優 れ、それぞれのソロで相手を触発し、観客を挑発した。

当日は、モニカ・メイソン、ウェイン・イーグリングらロンドンに本拠地を置くバレエ団の芸術監督をはじめ、有名百貨店ハロッズのオーナーのアルファエド氏やロシアの著名人が多数招待されガラとその後のパーティーを華やかに彩った。
残念であったのは当初予定されていたツィスカリーゼや、ロパートキナ、ゼレンスキーら大スターが参加しなかったこと、またある程度の広報活動がされながらも一般観客にまでガラの存在が浸透せず、チケットが完売にならなかったことであろうか。

現在アンサンブル・プロダクションは、年に1度の頻度でロシアの著名アーティストを招聘して、ロンドンでガラ公演を行っており、2009年は6月にコベント・ガーデンのオペラハウスにて「ロシアン・バレエ・ガラ」を開催するという。

『ドン・キホーテ』 『ドン・キホーテ』