ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.10.10]

『セイクレッド・モンスターズ』自己満足、それとも新しい挑戦

  幕が上がると、舞台やや右手にシルヴィ・ギエムがうつむいたまま立っている。表情は見えない。両手にはグングル(※注)を縄跳びの紐のように持っている。 アクラム・カーンは左手後方でしずかに佇んでいる。彼らを囲むように、まるで洞窟のようなセットを背にしたミュージシャンがギエムを見つめている。おもむ ろにヴォーカルの女性が何かをつぶやき始める。やがてそれにかぶさるように別の女性の声が。ヨーロッパの古い歌のような、日本の子守唄のような。歌ってい たのは、シルヴィ・ギエム。

『セイクレッド・モンスターズ』


アクラム・カーン
  かたやヨーロッパ古典バレエの伝統を受け継ぐギエム。そしてインド古典舞踊の一つ、カタク(Kathak)の名手にして、現在イギリスで最も注目を集める 振り付け家の一人、アクラム・カーン。昨年のラッセル・マリファントとのコラボレイション、『PUSH』に続くギエムの新しい試みとして大きな注目を集め た『セイクレッド・モンスターズ』。それぞれの「古典」の伝統を完璧に体現する二人が創り上げた舞台には、高揚感と喪失感がない交ぜになったようななんと も形容しがたい雰囲気があった。

  舞台は75分間、インターヴァル無しで進む。構成は、ギエムのソロ、カーンのソロ、そして二人のデュオと続く。ダンスの合間には、ギエムとカーンそれぞれ のモノローグが挟まれる。二人が語るのは、「古典」という枠組みの中で自分をどう表現すればいいのか、自分はそこに居ていいのか、疑問に誰が答えてくれる のか、ということ。
これを彼ら二人の、言ってみれば「自分探し」の旅につきあわされているのか、と感じるかどうかで、今回のプログラムへの評価が分かれるだろう。また、こ のコンセプトと3人の振付家によって構成されているダンスが相乗効果を充分に生み出していたとは言い難い。ただ、カーン曰く「まだこのプログラムは生み出 されたばかりの段階。今後の舞台で変わっていくだろうし、それが楽しみだ」、とのこと。なので、今後の世界ツアーの過程で何かしらの変化はあるのかもしれ ない。
ロンドンでの評価は、見事なほど真っ二つに分かれた。が、世界初演になった9月19日から最終日の23日まで、サドラーズ・ウェルズ劇場の前にはリターン・チケットを求める長蛇の列が連日出来ていた。

ダンスのパートは、ギエム、カーン双方の身体能力の高さを、今彼らが最高のレヴェルで見せることが出来る振付だったと思う。ギエムのソロ・パートは、台 湾のクラウド・ゲイト・シアターのリン・フヮイ・ミンが振付けた。いわゆる「バレエ」の技術はあからさまには盛り込まれてはいない。が、ギエムの「古典バ レエ」ダンサーとして完成された身体、その動きを見て取ることが出来た。それにしても、ギエムは自身のソロ・パートを踊っているとき、舞台で何を見ていた のだろう? 彼女の視線は、あたかも求道者のそれのように強く、そして静かだった。
  カーンのパートは、カタク。初めて見る舞踊だったが、カーンがトップクラスのカタク・ダンサーであることは明らかだった。両足首に100個近くの鈴をつけ たグングルを巻き、全く止まることなく動かしつづけられる脚力。バレエで見る回転より少なくとも3倍は速いであろう回転を何度も繰り返す。上半身、特に腕 の動きは下半身の力強さとは全く反対の滑らかな動き。しかしながら最も印象的だったのは彼の目。踊ること、踊れることの嬉しさが溢れていた。
カーンが振付けたデュオ・パートは、4つのパートから構成されている。筆者の勝手な思い込みだが、順に「邂逅」、「反発」、「受容」そして「前進」と いった所だろうか。第1パートでは二人が両手をつないでまるでメビウスの輪の中で踊っているよう。メカニカルな動きの第2パートに続いて、このデュオ・ パートのピークともいえる第3パートの美しさ。カーンの腰に両足でしっかりと自分のからだを固定したギエム。にもかかわらず、重力から解き放たれたように 静かに立つカーン。まるで、静まり返った水面に映るかのごとく二人が全く同じように腕を、身体を動かしている数分間。会場に響き渡る厳かな男性ヴォーカル とあいまって、二人の姿は神々しいほど美しいフォームを生み出していた。「自分探し」、というよりAcceptance、Recognitionという印 象を持った。

舞台の構成は、とてもしっかりしていて、即興的な要素は全くない。が、舞台の雰囲気は日々変化しているようだった。2日目に見たとき、デュオ・パートで 主導権をとっていたのは明らかにカーンだった。しかしながら、最終日には、カーンがギエムを、もしくはギエムがカーンを導くという感じはなく、二人一緒に 舞台を創り上げている所まで変化していた。
予定されていたらしい日本での公演は、現段階では実施されるかどうか不明。更に、ポスト・パフォーマンス・トークで、カーンはDVD発売についてはかな り消極的な発言をしていた。なので、日本公演まで待てない、という方には2007年2月に予定されている香港、ソウルでの公演が実際の舞台を目に出来るい い機会かもしれない。また、脚本が変更されないことを前提にだが、耳をブリティッシュ・イングリッシュに慣らしておくといいかもしれない。なかでも、 ウィットに富んだギエムのモノローグは、彼女の別の一面を物語っていて聞き逃しては勿体ない。プログラムによると、10月2日から、http://www.myspace.com/sacredmonstersband から、舞台で使われた音楽をダウンロードできるとのこと。
今回、カタクについて多くの方からご助言を頂いた。この場を借りてお礼を申し上げます。

Akram Khan アーティスティック・ディレクター、コリオグラファー、ダンサー イギリス
Sylvie Guillem ダンサー フランス
Lin Hwai Min コリオグラファー(ギエムのソロ・パート) 台湾
Gauri Sharma Tripathi コリオグラファー(カーンのソロ・パート) インド
Philip Sheppard 作曲家、チェリスト イギリス
Mikki Kunttu ライティング・デザイナー フィンランド
Shizuka Hariu セット・デザイナー 日本
Kei Ito コスチューム・デザイナー 日本
Guy Cools 脚本 ベルギー
Alies Christina Sluiter ヴァイオリニスト オーストラリア
Coordt Linke パーカッショニスト ドイツ
Faheem Mashar 男性ヴォーカル、ハルモニウム パキスタン
Juliet Van Peteghem 女性ヴォーカル ベルギー

※グングル:カタクで使われる楽器の一種。形状には幾つか種類があるようだが、カーンが使用していたのは、長さ2メートルくらいの紐に、およそ100個の鈴が括りつけられていたもの。かなり重量があるようだった。