ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.01.10]

『ラ・ヴァルス』、ミックス・プログラム

古典バレエの上演が少なすぎるとの批判が少しづつ、だが確実にロイヤル・バレエに寄せられている。他方、新作バレエはバレエ・カンパニーが生き残っていくためには必須、とのプレッシャーも浴びつづけるロイヤル・バレエ。
ケネス・マクミランの死後、傑出した自前の振付家を育てていないロイヤルにとって、ロイヤル・バレエ生粋のアラステア・マリオットによる新作への期待は 大きかっただろう。批評家の意見は、かなり割れていたようだ。が、プログラム全体としては、後半に上演されたマクミランの2作品が注目を集めた。

『ラ・ヴァルス』

 フレデリック・アシュトンが、1958年、ミラノスカラ座バレエ団に振付けたもので、ロイヤル・バレエでの初演は1959年。
モーリス・ラヴェルの音楽にのり、メインの3カップルを中心に、10数組のカップルが優雅に踊るというもの。振付としては、それほど強力なオーラを放っている感じはしなかったが、アシュトンらしいフォーメイションは、優美なものだった。
気になったのがダンサーの動き。シーズン開幕以来の過密スケジュールから、いくつもの演目のリハーサルが、恐らく重なって進められていると推測される。そのためかどうか、どうもこの演目に関しては、リハーサル不足なのではないかと思われる小さなミスが何度も見られた。

『タングルウッド』(Tanglewood)
  ロイヤル・バレエスクールに入学して以来20数年、アラステア・マリオットはロイヤルが育ててきたダンサー。マリオットは、既にリンベリー・シアター向け の小品を振付けているが、ロイヤル・オペラ・ハウスのメイン・ステージ向けは今回が初めて。音楽は、アメリカ人作曲家、ネッド・ロレムのヴァイオリン・コ ンチェルト。

大先輩のアシュトン、マクミランの作品に挟まれてややもすると大人しめの印象をもってしまう静かな作品。が、ま近で両大先輩の功績に接してきたからか、 たびたび思わず溜息が出るくらい美しいリフトやムーヴメントがあった。振付全体からは、マリオットは「いい人」なんだろう、と感じた。が、今後はもう少し 攻撃的な面を強調してもいいのではないかと思う。


『マイ・ブラザー、マイ・シスターズ』
タングルウッドを踊ったダーシー・バッセルだけを目当てにきた方は、この作品を観て、大いに混乱したことだろう。ケネス・マクミランは1978年に、 シュツットガルト・バレエ団にこれを振付けた。ロイヤル・バレエでの初演は1980年。作品のテーマは、兄弟・姉妹間のライヴァル意識。
幕が上がると、5人の姉妹は掌を見ている。本読んでいるのか、それとも鏡を覗いているのか。兄(弟?)が長女と一線を超えた行為を始める。他の4人の姉 妹はそれを遠くから、どうしたらいいのかわからない表情をして見つめるばかり。特に、黒ぶちの眼鏡をかけた二女は、嫌悪とも戸惑いとも取れる表情のまま、 なすすべなく二人を見つめている。
しばらくすると兄は、他の姉妹にも近づき始める。が、その都度、長女は邪魔をし、間に入ろうとする。そのうちに、長女の二女へのちょっかいが度を越し始める。笑顔のまま、無表情のまま二女をからかい、いたぶる長女。
兄が仮面を持ってきた。姉妹たちにつけるよう指示する。仮面をかぶると、大人しそうに見えたほかの姉妹も、それまでとは全く違った素振りを見せる。そんな中でも一人、二女だけが必死に何かから踏みとどまろうともがいているよう。
ふと気付くと、兄の姿がない。そして長女は、三女、四女、五女を、次々と闇の中に押し込んでいく。まるで、邪魔者を消すように。
兄が戻ってくる。苦悩を巻き散らかすかのような彼に長女は近づき、再び一線を超える二人。二女が「彼(He)」と踊っていると、突然暗闇の中から長女が 現れて、彼女の眼鏡を奪っていく。何も見えなくなり、不安そうに震える二女。彼女の背後から正面から、透明な仮面をかぶった他の姉妹と兄が二女を脅かす。 突然、二女は胸を押さえ、くず折れ、力なく横たわる。
しばらくその様子を見ていた長女は、「何ふざけてんのよ、早くおきなさいよ。これは遊びなんだから、そんなに深刻になるなんて、どうかしているわ」、といわんばかりに、そして他の姉妹に媚を売るように笑いながら二女の身体を触る。
おかしい、動かない。長女が持ち上げた二女の腕が、力なく地面に落ちていく。凍りつく姉妹たち。遊びだったはずなのに。



何がマクミランにこの演目を作らせるように仕向けたのかは、知らない。ただ、よくもまあこれだディプレッシヴなトピックをバレエとして舞台に再現できた ものだと、感心してしまう。この演目、日本人が演じたら、どんな解釈で踊られるのだろう、とても興味がある。
ファースト・キャストはエドワード・ワトソン、マーラ・ガレアッツィ、タマラ・ロホ(兄、長女、二女の順)。セカンドキャストは、マーティン・ハーヴェィ、ゼナイダ・ヤナウスキー、ラウラ・モレーラ。
エドワード・ワトソンは、今シーズンからプリンシパル・ダンサーに昇格した。彼の昇格については、ファンの間でも熱い議論が交わされたと聞く。つい最近 も、あるダンス評論家にイギリス人ダンサーながら「Too Exotic」などと表現されていた。確かに彼のノーブルな王子様役は、現状ではちょっと想像しづらい感がある。が、今回の「兄」役、「月に憑かれたピエ ロ」でのブリゲラ、さらに「ザ・レッスン」のバレエ教師と、冷酷な計算高いキャラクターを巧みに演じ分ける技量は、まさにプリンシパルといえる。来春のア ルブレヒト・デビューではどんな成長を見せてくれるのか。
更に、どこが、と問われると上手く答えられないが、この演目を観てどうしてマクミランはどの作品でも全く同じレヴェルで女性から好かれ嫌われるのかが、 ちょっとわかった気がした。『マノン』、『マイヤーリング』、『ロミオとジュリエット』とどれをとっても、悲劇のきっかけを作るのは結局いつも女性、と言 うスタンスを感じたのだが。

『グロリア』
マクミランによる、第一次世界大戦で失われた若者の死を悼む作品。音楽はプーランク。
男性はすべて茶色の衣装に変わった形の帽子。女性は白をベースにした、見ようによっては経帷子(きょうかたびら)のような衣装。男女ともにメーク・アップも濃くダンサーの表情を読み取るのは難しい。
しかしながら、初日を踊った中心の3人、アリーナ・コジョカル、カルロス・アコスタ、そしてティアゴ・ソアレスからは、深い感動を得た。
コジョカルは、本来の可愛らしさが全く見えないくらいのメークにもかかわらず、失われていく若い命を悼み、慈しむ気持ちを体全体から表現していたよう だった。前週の土曜日のマチネで、全く異なる役柄の『マノン』を演じたダンサーとは一瞬では判らないほどだった。また、アコスタの深い苦しみを表現する動 きからは、ダンサーとして彼のレヴェルが別のステージに入ったことが伺われた。来春の、「ロミオ」デビューへの期待が高まる。