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船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2004.12.10]

●マーク・モリス・ダンス・グループ、『ハード・ナット』

約1ヶ月半に及んだダンス・アンブレラ2004の最終プログラム、マーク・モリス・ダンス・グループ『ハード・ナット』が、サドラーズ・ウェルズで11月12日より27日まで上演されました。
『くるみ割り人形』と言えば、もっとも多くの振付家が独自のヴァージョンとして創作する作品なのではないでしょうか。プティパからマシュー・ボーンまで様 々な振付家の『くるみ割り人形』が思い浮かべられます。『くるみ割り人形』の現代化というのがその中で一つの傾向のように思われますが、“現代化”という 観点をから見てもっともダンス界に衝撃を与えた人物と言えば、マーク・モリスなのかもしれません。今から13年前の1991年に発表されたこの『ハード・ ナット』が当時どれだけ衝撃的だったかは、想像を絶します。

1960年代の時代設定、アメリカポップアートを基調とした舞台美術や衣裳、ゲイ文化とセクシュアリティーをあからさまにした大胆であくの強い演出と、ア メリカらしい遊び心を取り入れた細かな演出はまさにマーク・モリス独特の世界。ファンタジー的なストーリーラインと古典バージョンの基本的構成はほとんど 変えられることなく、大胆にゆがめられた特徴的演出は強烈なインパクトを与えます。ところどころに取り入れられているクラシック・バレエ的なムーブメント は、バレエそのものと“バレエ『くるみ割り人形』”が与える一種独特のイメージを諷刺的に描写しているものと思われ、ここにもモリスならではのセンスが見 られます。

振付的に最も賞賛されるべきは、男女混合のコール・ド・バレエによる雪と花のワルツ。ダンサー1人1人が粉雪をジャンプの度にまき散らすロマンティックな 演出は、それまでの俗的な作品の印象が嘘のように思えます。クライマックス、チャイコフスキーの劇的な音楽そのもののタイミングでの連続グラン・ジュッテ は、思い出すだけでゾクゾクとしてくるような迫力。これほどまでに感動する雪のシーンは古典作品でも見たことがありません。2幕の花のワルツも同様に、非 常に単純なステップと精巧に構成されたフォーメーションの絶妙なるバランスが古典作品では体験できない素朴な感動を与えました。ステップはすべて音楽から ダイレクトに発想できるソッテ・アラベスクやグラン・ジュッテなど。そのヴォキャブラリーは決して豊かなものではありません。しかしモリスは自身の天才的 感覚でクラシックバレエ的な人の出し入れとフォーメーションの作り方を巧みに取り入れ、衣裳と共にヴィジュアル的にインパクトのある振付可能にしました。 しかしその他の部分では観ている者を興奮させるような音楽とムーブメントの一体化が一切見られず、私的にはその大きな落差にショックを受けました。

『ハード・ナット』はまさにエンターテイメント的なインパクトの強さ、そしてイギリス振付家の作品では決して味わうことのできないアメリカン・テイストを象徴する作品。イギリスの多くの観客はその独特の世界に大いに盛り上がりました。
(2004年11月16日、サドラーズ・ウェルズ劇場、ロンドン)