ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2004.11.10]

●シルヴィ・ギエム&バレエ・ボーイズの「ラッセル・マリファントの夕べ」

『ブロークン・フォール』-2003年12月ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)での衝撃的世界初演から約10ヶ月、サドラーズ・ウェルズ(SW)でのシ ルヴィとバレエ・ボーイズによる単独公演(9月28日~10月2日)が実現されました。ふだんROHにあまり足を運ぶことのないようなダンスファン、バレ エ・ボーイズって?というような人々も、今回は逃すことの出来ない公演だったようです。

  連日超満員のSWはいつもにない熱気に包まれていました。初日の終演後にはシルヴィ、バレエ・ボーイズそしてSWの芸術監督アリスター・スパルディングに よるポスト・パフォーマンス・トークがありました。終演10分後の興奮冷めやらぬ会場では作品創作過程、これからの活動について数々の質問が客席からさ れ、シルヴィ&バレエ・ボーイズのユーモアたっぷりの答えに会場は大いに盛り上がりました。
マリファントの振付の特徴はカポエラ、太極拳、ヨガ、コンタクト・インプロヴィゼーションなど様々なスタイルからの大きな影響を受けていることです。彼特 有のムーブメントには禅的なイメージ、心(精神)と身体が一つになった時のみ成し遂げられる究極的な神秘性があるように思えます。
そして照明デザイナー:マイケル・ハルスとのコラボレーション。ハルスの照明は劇場空間を一瞬にして異空間に変えるマジックのよう。ダンス作品の照明とは 思えないスケールの大きさや、コンテンポラリー・アートを観ているような独創性は非常に強いインパクトを与えます。時には照明の案が先にあって振付作品が 発展することもあると言うコメントに表れるように、マリファント作品においてハルスの照明はなくてはならないもの。天下無敵のコラボレーションです。

『トーション』


『トーション』
幕 開きはバレエ・ボーイズ:マイケル・ナン&ウィリアム・トレヴィットのために振付けられた『トーション』。この『トーション』の初演を観たシルヴィは、 「こんなに素晴らしい作品今までに見たことないわ。ぜひ一緒に作品を創りたいわ!!」と公演終了後楽屋を訪れ、この夢のコラボレーション実現の鍵となった と言われています。
マリファント作品の一番の特徴である男性のデュオで、タイトルから連想されるようにねじられたイメージを与えるムーブメントが特徴的。柔道での相手の手を ひねって攻撃するような動きが多く組み込まれています。他のマリファント作品で多く見られる男性同士のリフトからが与える力強いイメージ/インパクトより も、動きそのもののなめらかさ、動きが描くラインがこの『トーション』では非常に印象的です。さらにマイケルとビリーの二人の息、その動きのコーディネー ションは彼らを超えるコンビは居ない確信させます。弓のようにしなやかだけれどどこか鋭さのあるビリーの動きとマイケルのやわらかい温かみのある動き、2 人の異なる個性がとても印象的でした。

今回初公開となったシルヴィのソロ作品『Two』は12分間瞬きを忘れる作品です。この作品はマリファントの妻、元ロイヤル・バレエのダナ・フォーラスのために創られ、今回シルヴィのために再振付されました。
真っ暗の舞台にスクエアーのスポットライト、その中でのソロ。シルヴィのダイナミックなアームス、繊細な指先、つめの先まで通っているエネルギー。それは まるで蜘蛛の糸のような細い糸が指先からが出ていて果てしなく引っ張られているようなイメージを思わせました。そして背中と腕の筋肉の動きが鮮明に目に焼 きつきます。非常に繊細な動き/音楽/照明がそれぞれ徐々にエネルギーを増していくその神秘的な変化はこの世のものとは思えないほど。公演後のトークでシ ルヴィ自身「照明、音楽、動きとすべてのバランスを見なくてはいけないの、一瞬でもミスったら自分が何をやっているのか分からなくなってしまうわ。」と 言っていたほど、12分間決して切れることのない緊張感とそこに費やされている全身全霊のエネルギーは、観ている者を彼女の世界に連れ込みます。
作品が終わって、凍りついたような沈黙そして割れんばかりの歓声と拍手、「今のものは何だったのだろう?」とあまりの衝撃に一瞬自分を失ってしまうような錯覚を覚えました。

最 後の演目は『ブロークン・フォール』。昨年の世界初演の手に汗握る緊張感は薄れたものの、3人の動きの流れ、そのなめらかさなど異なる側面で感動を新たに しました。高度でスリルあふれるアクロバティックな動きに一喜一憂してしまうのではなく、3人の身体が空間に描き続けるラインで作品を観ることによって、 振付がいかに洗練されているかが明確に現れてきます。どんなに動きのスピードやそこに求められる強度が異なっていても、そのラインは一切途切れることがな く、まさに3人の気の流れが見えてくるようです。磁石のように吸い付くリフト、空中を泳いでいるかのようなコントロール力、3人の計り知れない能力はこの 作品の一つの魅力かもしれません。
しかし一歩下がって少し客観的に舞台を眺め、床に映し出される3人の影、空間に描かれるライン、そして3人の身体を照らし合わせて見た時、今まで見落としていた新たな魅力を見出すことができたような気がします。

シルヴィがトークで「これはゲームなの。」と何度も言っていました。「やってみない限り、どうなるかわからない」-リスクを犯すことを恐れずに、可能性を 追求していく。クラシックの作品では<こうやって動かなくてはいけない>、<何回回らなくてはいけない>とか、<どうやって動きをコントロールす る>、<どれだけ高く上げれば効果的か>など自分の思想・身体を振付家/観客の観念によって既に定められたある型にはめていかなくてはならないところがあ ります。彼らが今こうしてクラシックから距離を置きコンテンポラリーを追求していることは、彼らの身体そして人間自身に対する果てしない追求を意味するの でしょう。

『ブロークン・フォール』
(9月28日、10月1日、サドラーズ・ウェルズ、ロンドン)