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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.09.10]

ボリショイ・バレエ団が3年ぶりにロンドン公演を行い『白鳥の湖』を上演した

Bolshoi Ballet ボリショイ・バレエ団
”Swan Lake ” by Yuri Grigorovich 『白鳥の湖』ユーリ・グリゴローヴィチ:振付

ボリショイ・バレエ団が3年ぶりのロンドン公演を行った。
今回の引越し公演は、ボリショイ・バレエ団ロンドンの招聘元であるヴィクトル・ハッハウザーの招きによりロイヤル・オペラ・ハウスで公演してから50周年を祝う記念公演。7月29日〜8月17日までの3週間に渡り『白鳥の湖』、装置が一新された『バヤデルカ』、新『眠れる森の美女』『ジュエルズ』『パリの炎』の5演目を披露した。
3年前の公演はザハロワが産休のためロンドン入りせず、アレクサンドロワも『パキータ』だけのために来英。ファンが待ち望んでいた2大バレリーナを欠いたバレエ団は、オーシポワとワシーリエフを前面に押し出すプロパガンダを繰り広げ、結果バレエ団の芸術性・叙情性豊かなバレリーナやダンサーたちに対する英バレエ・ファンの興味や関心が薄れる結果となった。
今回はザハロワもアレクサンドロワも第1週よりロンドン入り。男性陣もヴォルチコフ、スクフォルツォフを筆頭にチュージン、新星オフチャレンコ、ホールバーグらが来英。女性5人、男性6人のプリンシパルに加え、今では他の団体に属するオーシポワとワシーリエフが最終週の『パリの炎』に客演するという豪華なラインナップであった。

london1309a_06.jpg ザハロワ、ヴォルチコフ
photo/Angela Kase

第1週は『白鳥の湖』を4公演と『バヤデルカ』を3配役の3公演。
初日はオデット、オディールをスヴェトラーナ・ザハロワ、王子ジークフリートをアレクサンドル・ヴォルチコフ、悪の天才をここのところ大きな抜擢が続くウラディスラフ・ラントラートフ、道化をデニス・メドヴェージェフがつとめた。
ロンドンの観客が全幕作品を踊るザハロワを生で観るのは実に6年ぶりのこと。愛する夫君に恵まれ、また母となって、女性としての幸せを謳歌するザハロワ。私生活から来る余裕がそうさせるのだろうか? 美しさは昔のままに、感情表現がやや豊かになり、物語に奥行きを与えられるようになった。相手役のヴォルチコフもボリショイのプリンシパルらしい優美に加え、ソロのフィニッシュに男性的なアクセントを加味するなどして、アーティストとしての成長の後をうかがわせた。
だが、2人の充実のパフォーマンスが最も盛り上がりを見せた黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥで、王子のソロの直前に急に長いポーズが入った。舞台下手にいた道化役のメドヴェージェフが片手を上げ、王子の登場を歓迎する仕草をみせ、貴族役の男性陣もそれに呼応し、異常なまでに長いポーズを心配しだした観客の気をそらせることに成功したのだが、舞台に再び登場しソロを踊るヴォルチコフにはそれまでのような精彩がなく、最後のポーズも上体が大きく傾いでしまった。その後、大きな破綻はなく、観客のさかんなブラボーの声につつまれロンドン公演初日はその幕を降ろしたのだが、当日の舞台を観た観客の中にはヴォルチコフがこの時点で既に怪我をしてしまったのではないか、と心配する人も多かった。

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2日目はマリア・アレクサンドロワのオデット、オディールとルスラン・スクフォルツォフの王子、ユーリ・バラーノフの悪の天才、道化はアレクセイ・マトラーホフであった。アレクサンドロワのオデットには威厳があり、王子の心を瞬時に魅了するのも充分うなずける存在感がある。またボリショイ・バレエ最高のダンスール・ノーブル(貴公子役ダンサー)の系譜に連なるスクフォルツォフのエレガンスや叙情がこれに呼応。バラーノフやマトラーホフら準主役も作品を大いに引き締め、舞台には初日以上のスケールの大きさと深遠さが満ちていた。

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3日目は6年ぶりの来英を果たしたエカテリーナ・シプーリナとバレエ団とのロンドン・デビューとなるセミョーン・チュージン。悪の天才と道化は初日と同じラントラートフとメドヴェージェフであった。
シプーリナは第2週の『眠れる森の美女』のリラの精がたいへん素晴らしかったのだが、当日のオデット・オディール役にはロンドン公演で同役でデビューして以来の成長がうかがえず凡庸に終始した。チュージンは貴公子ダンサーの試金石ともいえるこの作品を、ボリショイの男性ダンサーたちとは異なるスタイルで踊りながらも、英国バレエ関係者やファンに将来有望であることを大いに印象付けるデビューを見せた。
8月1日、ロンドン公演第1週目最後の『白鳥の湖』を主演したのはエカテリーナ・クリサノワとアルチョム・オフチャレンコ。悪の天才は期待の新人アルテミー・ベリャコフ、道化は今回のロンドン公演でキャラクター役からバランシン作品にまで大活躍のイーゴル・ツィヴィリコであった。
オフチャレンコとベリャコフにとってはこの日がバレエ団との全幕ロンドン・デビュー。オフチャレンコは緊張があったのか1幕に憂いが感じられず、湖畔の場も充分な叙情を見せられずに終わったが、立ち居振る舞いやラインの美しさがボリショイの貴公子そのものであり、大きな将来性を感じさせた。ツィヴィリコは道化のソロで腰に手をあてながらのフェッテで高速の3回転、4回転を見せ、観客を大いに沸かせてみせたし、悪の天才を踊ったベリャコフは跳躍に勢いがあり、悪役らしい野太さもあって初日をつとめたラントラートフ以上に目を惹く存在。大いに興味をそそられた筆者が今回指導者として初めてバレエ団と来英した(ボリショイ黄金時代の元男性トップ・ダンサー)アレクサンドル・ヴェトロフと話してみると、チュージンやツィヴィリコと共に彼の薫陶を受けるダンサーで入団3年目の新星だという。ヴェトロフ門下のこの3人は3週間のロンドン公演中様々な役で健闘し、ロンドンのロシア・バレエ・ファンに、大いにその名を知られることとなる。
クリサノワは8月10日の『白鳥の湖』で感情表現と高度な舞踊技術に冴えを見せ、相手役のスクフォルツォフと共にロンドンの観客を大きな感動でつつんだものだが、この日の舞台は、可もなく不可もなく、といったところ。
ロンドンのバレエ関係者と観客は、6年ぶりにスターとフレッシュな新鋭たちによるグレゴローヴィッチ版『白鳥の湖』全幕公演に接し、その後の4演目にも夢をつないだ。この時点では翌日の『バヤデルカ』の初日に舞台上でたいへんなアクシデントが起こり、アレクサンドロワがモスクワに搬送されることになるとは、誰も想像だにしていなかったのである。
(2013年7月29、30、31、8月1日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス
7月29日午後のドレス・リハーサルを2キャストで撮影)

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