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バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のドキュメンタリーが映画になって公開される。
バレエ・リュスと言っても、20世紀の初頭、世界に衝撃を与えた、ディアギレフ、ニジンスキー、カルサヴィナ、フォーキンなどのカンパニーのことではない。
ディアギレフのバレエ・リュスは、彼が亡くなってたちまち解散してしまった。その後、新たにその栄光を受け継いだバレエ・リュス・ド・モンテカルロ、レオニード・マシーンの率いたバレエ・リュス、ド・バジル大佐の率いたバレエ・リュス、団長デナムのバレエ・リュス、スラヴェンスカ・フランクリン・バレエ団などのカンパニーが、世界各地をツアーして大きな興行的成功を収めたが、これは、そうしたディアギレフ以後のバレエ・リュスを描いた映画である。
映画製作のきっかけとなったのは、2000年6月にルイジアナ州のニューオルリンズで行われた、バレエ・リュスの元団員たちの同窓会だった。このイベントに興味を持ったプロデューサーたちが、バレエ・リュスで活躍した人々を訪ね、映像や資料を収集して、映画製作が始まったのである。
著名なところでは、アレクサンドラ・ダニロワとパートナーを組んで活躍したフレデリック・フランクリン、ディムの称号を持ちバレエ・リュスで踊った後に、英国バレエの象徴的な存在となったアリシア・マルコワ、マリインスキー劇場出身でロシアからバランシン等とともに亡命し、名花と詠われたアレキサンドラ・ダニロワ、<ベイビー・バレリーナ>の一人として活躍し、後にはハリウッド映画に出演したタマラ・トマノワ、ディアギレフの下でニジンスキーの後任として活躍、その後もバレエ・リュス・ド・モンテカルロを率いて多くの名作を創った、レオニード・マシーン、ディアギレフに才能を認められたアメリカのバレエの父、ジョージ・バランシンなどなどのインタビューや、全盛時代の華麗なダンス、熱気溢れる舞台が、次々とスクリーンを駆け巡る。
あまりにたくさん登場するので、思わず「ちょっと待ってくれ!」と声をかけたくなるほどである。
当時の裕福な人々の中には、16ミリのカメラを回して撮影することができた人も居たので、探していくとかなりの当時をそのまま撮った映像資料も発見された、という。それらの編集に2年間たっぷりかかったそうだから、膨大な資料を背景したおよそ2時間の映像なのであろう。
私は、映画『白鳥の死』にも出演した美貌のバレリーナ、ミア・スラヴェンスカが見られたので、それだけでも大いに満足した。
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(荒部 好) |
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