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ジャクリーヌ・チュイユー Jacqueline THUILLEUX (ダンス・音楽評論家)三光洋:訳 
[2017.10. 8]

[ 特別寄稿 ]
変貌しようとしているクラシック・バレエ界を象徴するダンサー、オニール 八菜

オニール八菜は優雅で、生来の気品がある。ロマン派の詩人たちが夢見た優美の化身であり、上品な容貌は日本人の母の血を引いている。若い雌馬のような流線形の極限まで鍛え上げられたのびやかな脚は宙を鋭く切る。フォーサイスの思い切った重心を動かしたムーブメントにも理想的だ。
オニール 八菜はこうした美点をひけらかそうとはしない。その内部には激しいものがこめられているが、貴族的に抑制されている。そして、舞台上のテクニックが冴えている。
彼女は先祖から伝わる家宝について話してくれたが、曾祖父が手に入れた昔の美しい着物は、彼女の気品が代々引き継がれてきたものだということを示している。

1710hannah01.jpg 「パキータ」(C) Opéra national de Paris/ Laurent Philippe
1710hannnah04.jpg 「白鳥の湖」
(C)Opéra national de Paris / Ann Ray

彼女は二年ほど前の2016年1月1日に、パリ・オペラ座バレエのプルミエール・ダンスーズに昇進して以来、主にクラシックの役で、規格外の個性、完璧な技術とフランス様式とは一線を画した明瞭な様式感のあるダンスで強烈な印象を与えた。多くのファンは心を惹きつけられ、その将来に大きな期待をかけている。
それはオニール 八菜が今、変貌しようとしているクラシック・バレエ界を象徴するダンサーの一人だからだ。マリインスキー・バレエのキミン・キムがよく示しているように、世界のトップレベルのバレエ団はみな国際化しつつある。すでに1970年代にはモーリス・ベジャールの20世紀バレエ団に、浅川仁美と小原織江という素晴らしい日本人女性ダンサーが在籍していた。
この中にあって、パリ・オペラ座バレエ団はルイ14世以来の伝統にしたがい、独自の基準を守り続けることを特徴としてきている。しかし、最近になってアルゼンチンで教育を受けたリュドミラ・パリエロがエトワールとなった。オニール 八菜もアイルランドの血を引く父と日本の母という魅惑的な両親から生まれ、育ったニュージーランドからも影響を受けている。
彼女はフランスのダンス教育は受けないで、仏バレエ界に受け入れられた。そうしてフランスのバレエを深いところまで学んだが、少女時代に受けた影響ははっきりと残っている。パリ郊外ナンテールにあるパリ・オペラ座バレエ学校のエリザベット・プラテル校長は、フランス・バレエにとって何よりも重要なエポールマンに、その痕跡を認めている。
ローザンヌ国際バレエコンクール1位、ヴァルナ国際バレエコンクール銀賞という輝かしい経歴にも関わらず、彼女のオペラ座デビューは楽々と進んだわけではなかった。2011年に定員外団員としてオペラ座に入り、正式な団員となったのは2013年になってからだ。こういった通常のオペラ座ダンサーとは違うコースを辿った場合にキャリアを築くのは楽ではない。ましてフランス語を知らず、家族や友だちから離れての生活なのだ。しかし、強い意志とダンスへの熱い想いを持ち、オニール 八菜の才能を信じているアニエス・ルテステュのような名声のあるバレリーナの支持を受け、自分の才能を生かす知性のある彼女はほとんど全ての障害を乗り越え、観客の心をとらえた。

1710hannah02.jpg マチアス・エイマンとの「ラ・バヤデール」(C) Opéra national de Paris/ Little Schao
1710hannnah06.jpg 「ヘルマン・シュメルマン」
(C) Opéra national de Paris/ Ann Ray

凛として冷厳なミルタ、野性的で王女らしい威厳を湛えたガムザッティを彼女のように踊ったダンサーは、パリではずっと長い間見たことがない。現実世界から遠く離れた優美さのある羽を持って床を滑っていった白鳥の女王は、最終幕では絶望の極致で狂気の淵をのぞき込むかのように表され、彼女が潜在的に持つドラマチックな表現が際立った。ドラマチックな表現力は、彼女自身がこれから磨きをかけなければならないと自覚しているポイントだ。完璧な軸のラインと、あたかも書道の筆のように身体が空間を鮮やかに切り取っていくような、天与の才を持つ彼女は謙遜して、劇的表現において「精彩を欠く」と自省しているが、それは表現が「まだ抑制されている」ということだと思われる。
彼女はジゼルの二面性をどのように表現するのだろうか。オニール 八菜が夢見てきた象徴的な役で、ピュアなラインに加えて、19世紀のデッサンで見ることができるような理想的なプロフィールを描くアラベスクの美しさ、そして今はまだ隠されている資質が表に現れたら、と想像するだけで誰もが期待に胸を弾ませるだろう。ロシアのマリインスキー歌劇場に彼女が招待され、私は初めて彼女が踊るジゼルを見るチャンスに恵まれたが、忘れられない舞台だった。

レティシア・プジョルがアデュー公演を終え、マリ=アニエス・ジロが3月末にピナ・バウシュ振付『オルフェとユーリディス』で引退し、ローマ歌劇場のバレエ監督になったエレオノーラ・アバニャートはパリでの舞台が減っている中で、オニール 八菜は間もなくエトワールに任命されるだろうか。彼女がわずかな大胆さを身に付け、成熟して演技力がより豊かになればバレエ団にとってなくてはならない存在になるだろう。そうなればパリ・オペラ座バレエ団はこの新しい力によってよりいっそう充実し、若いバレリーナである彼女にはその芸の向上に必要な安定が得られることになるだろう。すでに賽は投げられているのである。

1710hannah03.jpg 「ラ・バヤデール」(C) Opéra national de Paris/ Little Schao
1710hannah05.jpg 「白鳥の湖」(C) Opéra national de Paris / Ann Ray
1710hannah07.jpg 「真夏の夜の夢」(C) Opéra national de Paris / Agathe Poupeney

Jacqueline THUILLEUX
少女時代からクラシック・バレエとピアノを学び、ソルボンヌ大学で歴史学と考古学を学ぶ。
フランス国立科学研究院でエジプト学者ジャン・ルクランの助手を務めた後、ルーブル美術館勤務。その後、ダンス・音楽評論家として日刊「フィガロ」紙、「ヴァルール・アクチュエル」、週刊「フィガロ・マガジン」、 concertclassic.comに批評を執筆し、フランス国立放送「フランス・キュルチュール」に出演。著作に「Les Années Dupond au Ballet Français de Nancy」(ナンシー大学出版局) 「 Ballet Biarritz, A pas contés」 (Thierry Malandainとの共著) (Atlantica出版)、 ジョン・ノイマイヤーについて著作「Trente ans de ballets à l’Opéra de Paris」 (Gourguff-Gradenigo出版).がある。