ミラノ・スカラ座に研修に行き、伝統ある舞台芸術の素晴らしさを学んできました!

伊藤範子(谷桃子バレエ団)インタビュー

----ミラノ・スカラ座バレエ団とバレエ・アカデミーに11月15日から2月2日まで約三ヶ月間、文化庁の在外研修員として派遣されましたね。その様子をお聞かせください。

伊藤 スカラ座バレエ・アカデミーは、1年生(8歳)〜8年生(18歳)まであり、在校生は男子74名、女子101名、合計175名います。12月にミラノのピッコロ劇場で『シンデレラ』をジュニア・カンパニーとして13回上演しました。スカラ座バレエ団は、団員が96名、プロダクション毎に契約する(正規の契約を待っている)ダンサーが64名います。劇場の中にある3つのスタジオで、マクミラン版の『ロメオとジュリエット』のリハーサル真っ最中でした。新国立劇場や小林紀子バレエ・シアターにも再振付の仕事をしているジュリー・リンコン女史が、リバイバル・コレオグラファーとして活動していました。彼女は英語で振付していたのでセリフのように振付していく様が非常によく理解でき、振付家として大きな財産となりました。団員は90パーセントくらいはイタリア語しか理解できないので、ダンサーたちにはバレエミストレスがイタリア語へ通訳していました。初日プレミアはゲスト・アーティストとしてABTのミスティ・コープランドを迎え、ロベルト・ボッレ(プリンシパル)と踊りました。

マクミラン振付「ロミオとジュリエット」 再振付リンコーンと

マクミラン振付「ロミオとジュリエット」
再振付リンコーンと

12月7日のスカラ座シーズン・オープニングの『蝶々夫人』初日には、入り口付近に黒塗りの車が並んで、ロングドレスとタキシードの紳士淑女が続々と劇場に入って来ます。スカラ座は、独特の「赤」がなんとも言えず映える素晴らしい劇場です。オープニング初日は街の中心ドォーモに巨大なスクリーンが設置され、ライブヴューイングで観劇でき、尚且つテレビでも生放送されます。かつてのスカラ座の名花カルラ・フラッチなども姿を見せ、テレビカメラに収まっていました。ヨーロッパの伝統ある一流の劇場の文化が色濃く残る劇場オープニングは、日本では見られない光景で感動しました。
現在スカラ座のバレエ・ディレクターは、かつてパリ・オペラ座で踊ったフレデリック・オリビエリです。その前は、元マリインスキー・バレエのマハール・ワジーエフでしたが、ボリショイ・バレエのディレクターに就任するため任期途中で帰国してしまい、その後ディレクター不在でしたが、、現バレエ・アカデミーのディレクターでもありかつてバレエ団のディレクター経験もあるオリビエリが務めることになりました。今も彼がアカデミーのディレクターも兼任しています。新国立劇場バレエ団がローラン・プティの『こうもり』を初めて上演した時に、再振付で来日していたジョン=フィリップ・アルノーや牧阿佐美バレヱ団が上演したプティの『ノートルダム・ド・パリ』にゲスト出演したニコレッタ・マンニとマルコ・アゴスティーノや小林紀子バレエ・シアターにしばしばゲスト出演しているアントニーノ・ステラなどにも会いました。
バレエ・アカデミーは、スカラ座劇場内にはなく、歩いて10分ほどの別棟にあります。チェケッティ・スタジオ、ヌレエフ・スタジオ、ワガノワ・スタジオなど大小6〜7のスタジオがあり、趣きのある素敵な建物内にある環境の良いスタジオでした。・・

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バレエ団&アカデミーのディレクター、
フレデリック・オリビエリと

「ロミオとジュリエット」初日 ロベルト・ボッレと

「ロミオとジュリエット」初日
ロベルト・ボッレと

----日常的にはどうしていたんですか。

伊藤 バレエ団とアカデミーに通っていました。アパートから近い距離でしたので、両方のタイムテーブルをもらってリハーサルやクラスを選んで研修できました。アカデミーの先生たちからは「これはこうだよね、ノリコ。ここはどう思う?」などと、意見を求められることもありました。アカデミーの教え方は、ロシアの先生もいるからでしょうか、ワガノワ・スタイルに近かったですね。バレエ団ではダンサーに個人的にアドバイスを求められたら「ここをもっとこうしたらもっと良くなる」という指導を何度かしました。

----結局、どうしてスカラ座をえらんだのですか。

伊藤 新国立劇場でオペラ『椿姫』を上演した時に、再演ではイタリア人スタッフを呼ばなくて良いように振付の助手として入りしました。その時、スカラ座バレエ団でプリンシパルで踊っていたティツアナさんが振付で、その時から交流が始まり今回お世話になったのですが、私もオペラの振付もしていたし、やっぱりスカラ座に行ってみたいと思ったのです。バレエ団もしっかりしているし、振付や演出を勉強するなら、やはり、舞台芸術の伝統のあるイタリアがいいのではないか、と。

スカラ座劇場内

スカラ座劇場内

テトリー振付「春の祭典」再振付カリーと

テトリー振付「春の祭典」再振付カリーと

----アカデミーのレベルはどうでしたか。

伊藤 稽古場で見ているとアンディオールやポジションが少し甘いかなという気もしましたが、ピッコロ劇場で観た『シンデレラ』では、それらを感じさせないほど踊り上手ですし、演技がすごい上手い! 意地悪お姉さんとか継母役とか、すごかったです。アカデミーではドラマクラス(演技クラス)は特別ないのですが、10代の子たちがもうすごく演技が上手いです。さすがイタリアならでは。これは日本とは大きく違いますね。それから、生徒たちは教師やお客様が学校に来たりすると、ストレッチをしていてもきちんと立ち上がって「ボンジョールノ」と挨拶するし、人格育成的にもよく教育されていると感じました。

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より photo/Alessia Santambrogio

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より
photo/Alessia Santambrogio

----スカラ座に着いたときの第1印象はいかがでしたか。

スカラ座劇場

スカラ座劇場

伊藤 それはもう、素晴らしかったです。劇場はアプローチがなくすぐ道路に面していますが、中に入ると、まず、ロビーが素敵です。ここではみんなが写真を撮っています。シャンデリアと、スカラ座にゆかりのあるヴェルディ、ロッシーニ、ドニゼッティなどの像があります。パリ・オペラ座のような大階段はなくて、数段上がると客席の入り口になります。ボックス席は昔ながらの貴族の社交場と言う感じ。往年の貴族たちは舞台を観つつ、違うボックス席の中の人物に気がいってたり、お楽しみの場だっただろうな、と思いました。劇場内の大きなシャンデリア、赤い絨毯と赤いカーテンがスカラ座らしさを際立たせていました。この素晴らしい劇場で上演すると、どんなパフォーマンスでも20パーセント増しで良く見えるのではないか、そんな感じです。

舞台では、バレエもオペラも照明がとても良かったですね、独特の色使いでした。街のちょっとしたショップでも店員の方々が色に関する知識が豊富でした。光りが違うといいますか、『ロミオとジュリエット』などでも建造物に映る光り、朝陽だったり夕陽だったり、の光りが明快に表現されてる。色に対する培ってきた土壌が日本とは違います。発する色の圧倒的な美意識の高さ、奥深さがあり、長い歴史があるんですよね。もちろん、観客も劇場鑑賞の歴史があるので、大人の文化が根付いてます。スカラ座はどのプロダクションも創造性が高度ですね、そういうところはたいへん勉強になりました。
楽屋口はセキュリティが非常に厳しく、パスを持っていないと機械が通してくれず絶対入れませんし、楽屋受付には通常2名の怖そうなおじさんが居てそれを見張っています。彼らはいわゆる「裏の主」で出入りする全てのアーティスト、スタッフを理解しています。最初は見慣れない私に素っ気ない態度で「チャオ」と挨拶してもツッケンドンでしたが、毎日顔を合わせていくうちに最後は向こうから挨拶してくれるまでになりました。これは嬉しいエピソードです。

ミラノ・スカラ座に研修に行き、伝統ある舞台芸術の素晴らしさを学んできました!

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より 
photo/Alessia Santambrogio

ミラノ・スカラ座に研修に行き、伝統ある舞台芸術の素晴らしさを学んできました!

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より 
photo/Alessia Santambrogio

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より photo/Alessia Santambrogio

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より 
photo/Alessia Santambrogio

ミラノ・スカラ座に研修に行き、伝統ある舞台芸術の素晴らしさを学んできました!

スカラ座バレエ・アカデミー公演「シンデレラ」より 
photo/Alessia Santambrogio

----どんなパフォーマンスとして、観てきましたか。

伊藤 スカラ・バレエ団の『ロミオとジュリエット』は、ロイヤル・バレエ団のものとは異なり、装置、衣装はスカラ座オリジナルのものになっていて、この作品の舞台であるヴェローナの街をより意識して造られていました。
『ロミオとジュリエット』のスカラ座ダンサーの主役キャストは5組あり、全てのキャストのリハーサルや本番は観ました。12月31日には、ゲストアーティストのアレッサンドラ・フェリ(ABT))とエルマン・コルネホ(ABT)が踊る特別公演も観ました。他にスカラ座では、オペラの『蝶々夫人』『フィガロの結婚』『ボギーとベス』『ドン・カルロ』、トリノのオペラハウスでは、ナチョ・デュアトの『眠れる森の美女』、ミラノでロシアのツアーカンパニーの『くるみ割り人形』、イタリア人振付家の『くるみ割り人形』も見ました。アカデミー公演はピッコロ劇場フレデリック・オリビエリ振付の『シンデレラ』などです。
それからフィレンツェの劇場も行きました。かつてはバレエ団があったのですが、最近はヨーロッパも経済的に厳しくなって、今はもうイタリア国内ではスカラ座やローマ座ほか劇場付きバレエ団は全部で四つにしか残っていないそうです。ヨーロッパ全体バレエダンサーの就職が難しくなっています。

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

ヴェローナにも行きました。野外劇場や屋内オペラ劇場もあって、ヴェローナ・オペラがゼフィレッリ演出のオペラ『パリアッチ』を上演していました。時間の都合で最終シーンしか見られなくて残念でしたが、関係者の案内で劇場に入れ、劇場内を見る事ができました。イタリアの劇場は、どこに行ってもオーケストラはもちろんですが、装置、照明、衣装が素晴らしかった。ヴェローナでは、架空の物語ながらも、なぜか「ジュリエットのバルコニー」があり、そこにもにも行ってきました。
また、新国立劇場バレエ団の牧阿佐美版『ライモンダ』の装置製作をなさったルイザ・スピナッテリの工房にも行き、かつて制作なさった舞台装置、衣装の資料を見せて頂きながら貴重なお話をたくさん聞けました。ここにも歴史ありです。非常に興味深かったです。

----日本の劇場制作と最も違っていたことはなんですか。

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

伊藤 日本とさほど変わりはありません。朝クラスをして、リハーサルしてダメ出し...またリハーサルをするという内容は日本の各バレエ団と同じです。違いはスタジオがいくつもあるので、リハーサルは主役、ソリスト、コールドバレエをそれぞれのスタジオでパラレルで行なう事(同時進行)ができます。新国立劇場などは、進行の仕方は近いのではないでしょうか。
リハーサル中の雰囲気はだいぶ違うものがありました。振付をしている間、イタリアのダンサーたちは自分のお喋りに夢中になっていることが少なくありません。日本だと先生の一挙手一投足に注目して比較的静かにしてスタンバイしている感じですが、彼らは自分が関係しないパートに関しては、あまり関心を持ちません。良くも悪くも個人主義です。リハーサル中の雰囲気はあきらかに日本よりうるさく、内心「大丈夫かなぁ、ちゃんと仕上がるのかなぁ」とこちらは要らぬ心配を抱きつつ見ていると、あら不思議、国民性なのか『ロミオとジュリエット』のようなドラマのある作品は、本番にはダンサー一人一人が熱くなり集中力がグッと上がり素晴らしい舞台になります。

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

----観客はいかがでしたか。

伊藤 観客も国民性が大いに反映され、一人一人がそれぞれお喋りしているので客席は賑やかです。一ベル鳴っててもまだ喋っています。しかし、舞台が始まると静かです。舞台が良い所にくるとウワーッと歓声を発して盛り上がります。とても自由に(リラックスして)観賞している様子で、良かったり素晴らしいテクニックや感動した箇所には素直に賞賛を送っていました。

----今後の活動にに活かせることは十分得られましたか。

伊藤 私にとってこれからの創作活動や後進の指導に役立つ情報や研修を充分得てきましたし、私の作品を上演するための種まきもいくらかでも出来たかな、と感じています。

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

----そうですか、それは楽しみですね。次回公演は何ですか。

伊藤 次は4月26日の谷桃子先生の命日公演です。谷先生が振付なさった『ロマンティック組曲』を上演するのですが、その振り起こしとミストレスをしております。私もかつて主役パートを踊りました。ショパンの楽曲5曲をピアニストが生演奏で弾きダンサーが踊る、耳にも眼にも美しいバレエです。その次は『Ballet Princess〜バレエの世界のお姫様たち〜』の再演、日本バレエ協会の神奈川ブロックの『ドン・キホーテ』を夢の場〜3幕を振付けます。
そして、この文化庁研修の成果は、まだ確定ではありませんが来年の秋に公演の形で発表する予定でいます。

----本日はありがとうございました。イタリアの研修でさらに素晴らしい作品が生まれることを期待して、とても楽しみにしております。

photo/Teatro alla Scala

photo/Teatro alla Scala

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[インタビュー]
関口 紘一

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