西脇美絵子 text by Mieko Nishiwaki
フラメンコシーンを賑わす4枚のCD/その1

 夏にリリースされた4枚のCDが、今、フラメンコシーンで話題になっている。
 日本では、フラメンコといえばもっぱら踊りが中心。ギターやカンテそれ自体が注目を集めるということは、ほとんどなかった。最近では、フラメンコの要は歌であり、音楽であるということは、かなり認識されるようになり、実力ある歌い手やギタリストが少しづつという以上の勢いで登場するようになった。が、それでもカンテとギターは、たいていの場合、脇役に押しやられている。
 そんな中で、日本人アーティストのカンテとギターのCD4枚が、ほとんど同時期に発売されるということ自体がニュースといっていい出来事。しかもその1枚1枚が個性的で、なかなか元気な展開を見せているのだ。
今月と来月の2回に分けて、各CDを紹介しよう。


■瀧本正信の「エル・カルテ―ロ」

 日本人としては初めての本格的なフラメンコの歌い手である瀧本正信。その活動は30年あまりにも及ぶが、この世界の第一線で活躍を続けてきた彼のファーストアルバムが「エル・カルテ―ロ」だ。
「エル・カルテーロ」とは、郵便配達人のこと。1990年代の初めまで、瀧本自身が歌い手をしながら郵便配達人をしていた。そう、彼は二足のわらじをはいていたのだ。それは、日本のカンテの第一人者でありながら、“歌手専業”ではなかなかたちゆかなかった当時の“日本のフラメンコの状況”の表れであるともいえる。
とまれ郵便配達人をしながら、瀧本は歌い続けた。歌い続けながら二人の子供も育てた。
「エル・カルテーロ」とタイトルされたこのCDは、彼の歩んできた人生、彼のフラメンコそのものであり、自らの人生を、フラメンコを振り返るかのように、ずっしりと歌いこまれている。

 フラメンコは、踊りでもギターでもカンテでも、コンパス=フラメンコ独特のリズムパターンが命と言われる。他にもフラメンコがフラメンコであるために、カンテがカンテであるために、習得しなければならないテクニックがある。だが、瀧本は口癖のように言う。「カンテだって歌や、歌の命は歌心やで」。カンタオール(カンテの歌い手)の発言としては、これかなりの大胆発言である。そう、フラメンコってけっこうコムヅカシイものなのだ。だが、瀧本にかかったら、そんな理屈はふきとんでしまう。瀧本自身の強烈な個性がストレートにフラメンコの魂と呼応してしまうからだ。この境地に至るまでには、実は並々ならぬカンテ習得への道があったにちがいないのだが。

 ところで瀧本のフラメンコ人生は、実は歌ではなくギターから始っている。私が初めて彼の本格的なギター聴いたとき、思わず唸ってしまったほどの腕前。過剰な装飾音のない、胸にズシッと響いてくるコンパスを刻む。今回のCDでは、なんと、歌もギターもそしてパルマもすべて瀧本の録音。いろんな意味で彼の集大成となっている1枚なのだ。
 デビューから30年。日本のマエストロ瀧本は、昨年50歳を迎えてのコンサートを開いた。そして今回の初CDである。果たして「エル・カルテーロ」は、発売からわずか2ヵ月半で、初回リリース分を完売し、再リリースがかけられた。これはもう、事件である。

■若手10人の個性が集結した「ディエス・コローレス」

 「ディエス・コローレス」とは10色の意味だが、タイトルの通りに、5人のギタリストと5人の歌い手が共演したCDだ。

 歌い手5人は皆若手で、石塚隆充と高岸弘樹は少しキャリアは長いが、今枝友加、有田圭輔、阿部真は、ここ2、3年くらいの間にメキメキと力を付け活躍するようになった歌い手たちだ。
 カンテの若手5人、と一言でいうのは簡単だが、日本でまともにカンテが歌える人というのは、ほんの10年前までは、数えるほどしかいなかった。この10年の間にフラメンコ舞踊をする人が飛躍的に伸び、踊りを習う人たちがフラメンコ舞踊の理解と上達のために歌を習い始めるようになって、ジワジワと増えていた。だが、そんな日本のカンテの状況が質的に変化し一新したと強烈に感じさせられたのは、前々回のフラメンコ協会主催新人公演の時だ。先の今枝、有田、阿部の3人が同時に出場。それぞれ個性は全く違うが、の実力が際立ったものであることは誰も目にも明らかだった。
 3人もの才能が一度に登場することなど、考えられないことだった。ここにきて、日本のカンテは、一気に質的な変化を遂げたのだ。この状況の変化を素早く察知したレーベルのオーナー加部洋氏の着眼が、この画期的なCDを生んだ。

 ギタリストはカンテに比べればずっと層は厚いが、その活動は踊り伴奏がほとんど。歌にはギター伴奏がつきものなのは当然だとしても、伴奏という以上のギター演奏の場として、このCDのために今熱い5人のギタリストが集められた。
 本場スペインの最も深いフラメンコの世界に根をおろして日西両国で活躍する俵英三、ヘレスの魂を高い音楽性で奏でる鈴木尚、モダン派超絶テクの矢野一好、多彩にボーダレスにさまざまな音楽シーンで活動する沖仁、フラメンコ界に突如表れた異才、松村哲史の
5人。こう書いていても、本当に個性派ぞろいだ。
 CDでは、この5人歌い手と5人のギタリストがそれぞれ組んで、2曲づつ録音している。
 現在の日本のフラメンコの息吹を、思いっきり楽しめる1枚である。

 

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