解説:文葉

トイ トイ トイ (独/ Toi, toi, toi.)

舞台開演直前、これから始まる!と誰もが緊張を胸に高揚している中、楽屋で準備をしていると、ドイツから帰ってきている友人が仲間一人一人に「トイ、トイ、トーイ!」。不思議な言葉とともに小さなチョコレートを手渡しながら、励ましてくれました。なんでも彼女の周りでは、開演前にお菓子を配りながら相手の活躍を祈って「トイ トイ トイ」と声を掛け合うのだそう。ドイツだけなのかと思っていたら、世界的なものだと先日知りました。国際的なキャスティングを誇る有名オペラ歌劇場の舞台裏を伝える映像で、歌手仲間が袖で主演者に「トイ トイ トイ!」と声をかけていましたから。
そんな国際的な「トイ トイ トイToi toi toi」ですが、もともとはやっぱりドイツ語。「上手くいくよ」「大丈夫!しっかり!」と相手の成功や幸せを祈り、また日本語で言えば「くわばらくわばら」のように災いや忌むべきことを避けるために唱えるおまじないです。テーブルなどを拳で「コツ、コツ、コツ」と叩きながらだったり、大きな声で叫んだり、「大きな音と一緒」が鍵で魔除けには有効的なのだとか。

トイトイトイ、由来は、なんと「魔除けのつば吐きの代わり」なのです。なんでも、ドイツでは昔々、おめでたい話や幸運に関係する話をそのまま口にすると、悪魔は人が幸せになるのを嫌うあまり(嫉妬して?)、幸せな人に寄ってきて災いをもたらすと信じられていたのだとか。なんという迷信でしょう。でも人間ならやっぱり喜びを分かち合いたいじゃないですか。だから、そんなお話をしたときは、Unberufen!(=あらら、しゃべっちゃった!)と言いながら「ぺっぺっぺっ」。唾を吐いたのだそう…。ちょっと眉をひそめたくなるような状況ですよね。また中世から魔除けとして芸人の出番や試験などの直前に肩越しに3回つばを吐く習慣もあったそう。ただ、つばは衛生的に良くない。そこで代わりに「トイ トイ トイ」と唱えるようになったのだとか。「トイ」は悪魔の意味のドイツ語Teufel(トイフェル)の省略語です。

日本でも、同様の風習があるなと思いました。火打石の切り火祓いです。これも、縁起担ぎだとか厄除けで、これから仕事に行く人の背中に火打石を打ちますよね。私はされたことがありませんが、あの音を聞くとぴりっと気持ちが引き締まります。ざわつく気持ちが整い神聖な心持ちになるというか。それと比べて、トイ トイ トイは、不思議と心が温まる音。自分で呟いても言ってもらっても勇気が湧いてきますし。また舞台袖で使えば一体感も盛り上がるような…一人じゃないと私は安心できるんですよね。舞台は一人じゃ務まりませんものね。たとえ舞台に立っているのが自分だけで、自分という敵と戦っているとしても、先生たち、舞台監督、照明さん、音響さんがいて、そして仲間と支えあってこそ。なんだか身体と心がこわばってきたなと感じたら、どうぞ、トイ トイ トイをお試しあれ。