森 瑠依子

バレエの栄光の歴史がきらめく
「薄井憲二バレエ・コレクション」の逸品を訪ねて その8

<眠れる森の美女 1 >

今年はクラシック・バレエの発展における最大の貢献者、マリウス・プティパ(1818〜1910)の生誕200周年。彼がロシアの帝室劇場バレエ団のために製作した50以上の作品のうち、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』『ライモンダ』(以上振付)、『ジゼル』『海賊』(改訂振付)、『くるみ割り人形』(台本)などは、現在も世界中で上演され、古典バレエの定番として広く親しまれている。この連載では昨年、薄井憲二バレエ・コレクションから『白鳥の湖』の逸品を3回にわたって取り上げたが、今回は『眠れる森の美女』をご紹介しよう。

1.『眠れる森の美女』の誕生
シャルル・ペローのおとぎ話を原作にした、プロローグと3幕のバレエ『眠れる森の美女』は、1890年1月にロシアのサンクトペテルブルグ帝室マリインスキー劇場で誕生した。振付はペローと同じフランス人のマリウス・プティパ、作曲はピョートル・チャイコフスキーで、原案と衣装のデザインは帝室劇場総裁、イワン・フセヴォロジスキーによる。豪華絢爛なルイ14世時代のフランス宮廷風のセットと衣装、華やかで重厚な音楽、優美で洗練された振付で、このバレエは大成功を収めた。初演に先立つ公開ドレス・リハーサルには皇帝アレクサンドル3世一家も臨席し、このバレエに心を奪われた観客の中には、後にバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)を率いて世界を驚かせるセルゲイ・ディアギレフ、アレクサンドル・ブノワとレオン・バクストもいた。

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オーロラ姫役を初演したイタリアの名花カルロッタ・ブリアンツァ(1867-1935頃)の写真。1921年のバレエ・リュス版『眠り姫』で、ブリアンツァは悪の精カラボスを演じている。(PH-C-17-29)
 

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1890年初演版の出演者たちの写真。手前がブリアンツァ(オーロラ姫)、右から二人目がマリウス・プティパの娘マリーヤ(マリーとも、1857-1930)。(PH-C-17-28)
 

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M・コンスタンチノワ著「眠れる森の美女」(1990年モスクワ刊)のカバーには、1890年の初演でリラの精を演じるマリーヤ・プティパの写真が掲載されている。(BK-198)
 

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1890年の舞台写真。左がマリーヤ・プティパ、中央がブリアンツァ。(PH-C-17-27)
 

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第3幕の結婚披露宴の場面で、白猫を演じるオリガ・プレオブラジェンスカヤ(1871-1962)のポストカード。プレオブラジェンスカヤはマリインスキー劇場でプリマ・バレリーナを務めた後、ペテルブルグとヨーロッパ、主にパリで名教師として活躍した。(PC-B-124-06)

2.ディアギレフの『眠り姫』
1909年にパリで帝室劇場バレエ団のダンサーたちによるバレエ・リュスを旗揚げし、西ヨーロッパでロシア・バレエ・ブームを引き起こしたディアギレフは、ロンドンのアルハンブラ劇場で1921年11月に『眠れる森の美女』を『眠り姫』と改題して上演する。オーロラ姫はマリインスキー劇場出身の4人のバレリーナが演じ(後に新たな2人が数回演じた)、カラボス役で1890年の主役のブリアンツァが出演した。振付はマリインスキー劇場で舞台監督を務めていたニコライ・セルゲーエフがロシアから持ち出したプティパ版の舞踊譜を元に行われ、第3幕の「3人のイワン」など、ブロニスラワ・ニジンスカ振付の新しい踊りが加わった。
この舞台はマリインスキー劇場の伝統を伝える豪華な内容だったが、斬新な1幕作品で人気を集めていたバレエ・リュスの作風とは大きく異なり、期待されていた成功を収めることができなかった。上演期間は短縮され、ディアギレフは莫大な負債をかかえることになる。
翌1922年、ディアギレフは『眠り姫』の第3幕を中心に全1幕に改訂した『オーロラの結婚』をパリ・オペラ座で上演した。この短縮版は大いに人気を集め、長くバレエ・リュスのレパートリーに残った。

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アルハンブラ劇場の公演告知ポスター(1921年12月)。
写真のリディヤ・ロポコワ(ロプホワ)のサイン入り。下側にオーロラ姫を演じた4人のバレリーナの名前が記載されている。(PO-25)
 

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バレエ・リュス版『眠り姫』でオーロラ姫を演じたひとり、ヴェラ・トレフィーロワ(1875-1943)のポートレート。トレフィーロワはマリインスキー劇場で踊った後、パリでバレエ教師として人気を集めた。(PH-D-265ws)
 

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(左)『眠り姫』で「青い鳥」を初演したスタニスラス・イジコウスキ(1894-1977)のポストカード。イジコウスキはバレエ・リュスのスター、ワーツラフ・ニジンスキーと同じポーランド系の小柄なテクニシャンとして活躍し、引退後はイギリスですぐれた指導者となった。(PC-B-058)
(右)イジコウスキが着用した「青い鳥」の衣装。左のポストカードとは若干デザインが異なる。(COS-01)
 

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バレエ・リュス解散後、後継団体のひとつバレエ・リュス・ド・モンテカルロの人気スターとして1930〜40年代に活躍したロマン・ヤシンスキ(1907-1991)の「青い鳥」。衣装はイジコフスキーの「青い鳥」とよく似ている。(大型パネル)
 

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バレエ・リュス最後の男性スター、セルジュ・リファール(1905-1986)の演じる「青い鳥」のポストカード。バレエ・リュス解散後、1930年代の撮影。(PC-B-091-01)
 

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アルハンブラ劇場の『眠り姫』の公式プログラム。表紙は美術を担当したレオン・バクストによる衣装デザインのひとつ。(PRBROF-037)
 

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(左)公式プログラムより、第3幕でオーロラ姫と王子の結婚を祝って踊られる「中国のお姫様の磁器人形」(『くるみ割り人形』の「中国の踊り」の音楽でニジンスカが振付けたパ・ド・トロワ)のバクストによる衣装デザイン。
(右)バクストが参考にしたと思われる18世紀後半の版画。衣装はラモー作曲のオペラ『優雅なインドの国々』などで着用された「中国の踊り」のもの。(AP-087)
 

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週刊紙「ザ・スフィア」に掲載された『眠り姫』の舞台写真。左上から時計回りに「中国のお姫様の磁器人形」、王と王妃、リラの精(リディヤ・ロポコワ)、赤ずきん(リディヤ・ソコローワ)と狼(ニコライチク)、豪華な衣装の王、オーロラ姫(リュボーフィ・エゴーロワ)とデジレ王子(ピエール・ウラジーミロフ)。(SB-04)
 

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(左)著名なバレエ評論家シリル・ボーモントが、バレエ・リュスの『眠り姫』初演のために詳細なあらすじと解説を執筆した『眠り姫』上巻の表紙。画家ランドルフ・シュワーブによる彩色挿絵入り。1921年。(BK-0209-pie)
(右)下巻より、バクストのデザインに基づく中国の役人とお姫様の磁器人形のイラスト。1921年。(BK-0210-pie)

バレエ・リュスが2つの『眠れる森の美女』を発表した後、その上演にかかわった振付家、ダンサーたちは欧米各地のバレエ団にこのロシア生まれの豪華なバレエを伝えていった。次回はイギリス、アメリカ、日本で上演された『眠れる森の美女』にまつわるコレクションを取り上げる。

なお、今回ご紹介したアイテムを含む貴重な『眠れる森の美女』のコレクションが、兵庫県立芸術文化センターの「薄井憲二バレエ・コレクション 2018企画展」にて6月24日(日)まで公開されている。

公式サイト:http://www1.gcenter-hyogo.jp/ballet/index.html

写真提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション