(荒部 好)

『ジゼル』全2幕(グリゴローヴィチ版)ボリショイ・バレエ

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ロシアのボリショイ・バレエ団にとって『ジゼル』は特別な作品である。
『ジゼル』は、ロシアがどのような社会体制になろうともいつの時代も常に上演され続けてきた。ロシア人はほんとうにこのバレエが大好きであり愛している。1841年にパリ・オペラ座で初演されて以来、オペラ座では時代によって『ジゼル』がレパートリーから消えることがあったが、ロシアでは絶えることなく、今日まで上演され続けている。ロマンティック・バレエというよりもクラシック・バレエの代表的作品である『ジゼル』を、今日まで継承してきたのはわれわれである、という自負をロシアの観客は持っているのである。
その『ジゼル』をロシアの観客が愛し続ける伝統に、このユーリ・グリゴローヴィチ版も大きく寄与している。
まず、グリゴローヴィチ作品の大きな特徴である、音楽と一体感をもって流れるようなスムーズな展開は、この『ジゼル』でも顕著だ。よくグリゴローヴィッチはマイムを省略した、などといわれるがそんなことはない。このヴァージョンでも要所要所、きちんとマイムは使われている。ただ、マイムは踊りの流れの中で使われている。踊りと音楽とマイム、という構成ではなく、踊りと音楽という構成になっている。だから、ほとんどマイムをみているという印象が残らない。そういう音楽性を作品に与えているということであり、その意味ではグリゴローヴィチ作品はネオ・クラシックに分類されることになるだろう。

まず1幕ではルンキナの可憐さが際立つ。アルベルトが愛しさを一心に伝える時にははにかんでばかりなのに、ハンスとアルベルトが争っている緊迫の最中には、アルベルトを愛している、と表現する。またバチルド姫の一行を迎えた時にも、率先して健気にサービスするので、思わず恋のライバルとも知らずに高価なネックレスを婚約の祝いに与えようという気持ちになる。ジゼルは純朴で天使のような女性として描かれている。そして第2幕では精霊になった後にも裏切られたアルベルトを救おうとする。
第2幕冒頭の、精霊の女王ミルタの威厳のあるソロ。運命をそのまま表すミルタは、グリゴローヴィチ版の見所のひとつ。このヴァリエーションでミルタは、精霊の棲む森の掟と運命の厳粛をあますところなく表現する。言葉ではなくその実際を観客に体験させるのだ。
もう20年以上も昔だが、私は初めてグリゴローヴィチ版のミルタ----多分ナデジタ・パブロワだったと思うが----を観て恐ろしくなったことを今でもはっきり憶えている。
ミルタのソロと対照的なのが、アルベルトの登場シーン。花束を抱え、天使のようなジゼルを喪ったいいようない悔悟の念にとらわれて、一歩一歩、歩を進める。どんなに悔悟しても運命には決して打ち勝つことができないと知り、万感の想いを胸に抱いている。
しかし、精霊になっても愛するアルベルトを守るジゼルの固い意志によって、奇跡は起る。苦悩とともに懸命に救済を求めたアルベルトは、朝の鐘の音に救われるのである。

ルンキナの純朴なジゼルが次第に狂乱に陥り、ついには死にたるシーンの彼女の渾身の演技は、このバレエの大きな見所である。
そしてまたボリショイ・バレエ団ならではの群舞の表現力は、絶対に見逃せない。ボリショイ劇場のボリショイ・バレエの舞台でしか出せない、と言われるニュアンスに富んだ幻想的な光とともに、この愛の悲劇全体を奏でているからだ。

キャスト
ジゼル/スヴェトラーナ・ルンキナ、アルベルト/ドミトリー・グダーノフ、ハンス/ヴィタリー・ビクティミーロフ、ミルタ/マリーヤ・アラシュ
原振付/コラーリ、ペロー、プティパ、振付・演出/ユーリ・グリコローヴィチ、音楽/アドルフ・アダン、演奏/パーヴェル・クリニチェフ指揮、ボリショイ管弦楽団、衣裳・美術/シモン・ヴィルスラーゼ、照明/ミハイル・ソコロフ
2011年1月ボリショイ劇場収録 108分 発売元/日本コロムビア
税込み5,040円(税抜4,800円)