荒部 好

『ムーサの贈り物』

喜多尾道冬/著
「レコード芸術」誌の長期連載を単行本として刊行したものだが、音楽家、画家、文学者などジャンルの異なる芸術家たちが、歴史の中で交流しインスピレーションを得る様子を描いていて興味深い。
 著者はドイツ文学者だそうだが、芸術全般にわたって非常に該博な知識をもっていることに驚かされる。その知識が、バレエ・リュスのような様々なジャンルの芸術家たちが競い合うように仕事をし、大きな成果を挙げた分野を論じる時に大いに活かされている。
「セルゲイ・ディアギレフ」という項目だけを見ても、バクスト、コクトー、ストラヴィンスキー、サティ、ピカソからモントゥー、アンセルメといった指揮者までを論じながら、じつに面白い引用を差し挟む。例えば、ストラヴィンスキーの『火の鳥』の曲を聴いたアンナ・パヴロワが「理解に苦しむ騒音」といって、主役の座を降りただけでなく、バレエ団からも出て行ってしまったことや、『ペトルーシュカ』の音楽のリハールがはじまった時は、あまりに複雑な楽譜なので、楽団員たちがゲラゲラ笑い出してしまったことなど、有名なエピソードだが、読んでいると「さもありなん」と思える語り口があってじつに楽しい。
「イレール=ジェルマン=エドガー・ドガ」の章では、マイアーベーアのオペラ『悪魔のロベール』が上演されたころ、バレエが一般の観客にとってどのように捉えられていたか、が活写されていておもしろい。
 また、著者は二十年以上も前から論じていたが、現在ブームとなっているフェルメールの章も充実していて読み応えがある。



『ムーサの贈り物』
[フランス|スペイン|オランダ|ベルギー編]絵画・詩・音楽の出会うところ

喜多尾道冬/著
音楽之友社刊
3,570円
(本体価格3,400円)