荒部 好

『ピナ・バウシュ中毒』

楠田枝里子著
 7月に、日本をテーマにした新作と『バンドネオン』をもって、来日公演を行うピナ・バウシュの世界に完全に魅了されてしまった日本人がいる。テレビ番組の司会やエッセイなどでよく知られる、元日本テレビアナウンサー楠田枝里子である。

 彼女以外にもピナに魅了された人を何人か知っているが、その想いを丸ごと一冊の本にまとめて上梓したのは楠田枝里子が初めてかもしれない。そこには無論、ピナの作品世界への賛歌が縷々綴られている。しかし、読んでみておもしろかったのは、日本人の一フアンに過ぎない楠田が、しだいしだいにピナとそのダンサーたちの世界の一員にとりこまれていく、というか馴染んで行くというか染まっていく様子である。その過程では、ピナとそのダンサーたちがどのような気持ちで繋がってファミリーをなし、どのようなこころを通わせて作品を創って行くかが、ごく自然に楠田の目を通して語られているからである。

 <終わりのない夜>と題された、芸術監督就任二十五周年記念フェスティバルでは、ピナの友人のアーティスト、バリシニコフ、ピエトラガラ、フォーサイス、ローザス、エク、ラグナ、ヴェローゾ、山海塾、ヨージ・ヤマモトなどが集って、自由に楽しく自然に時間が流れて行く有り様が描かれていて興味深かった。舞台には、あんなに鋭く深い鮮烈なダンスを演出するピナが、優しく楽しくのどかに友人や彼女のダンサーたちと交流するのは、やはりその人間性のなせる技というべきか。

 楠田はあとがきで「……こんな素晴らしい世界がある、ということを知ってもらいたいと思ったのだ。特に挫折して失意のなかにある人、傷つき、寂しさや悲しみに暮れている人こそ、心を開き、ピナの舞台の深淵を体験するチャンスなのだと考えてもらいたい。」と書いている。国や文化や人種などのあらゆるバリアをダンスによって越え、お互いの人生を理解し、理解されることにこそ救いがある、ピナはそう言いたいのかもしれない。



『ピナ・バウシュ中毒』
楠田枝里子著
河出書房新社
1,995円 (本体価格 1,900 円)