荒部 好

『魂の燃ゆるままに』

山川亜希子/山川紘矢 訳
 この一冊は1877年(生年には異説がある)にサンフランシスコに生れてから、革命が成就して間もない旧ソ連に旅立つ1921年までを描いた、イサドラ・ダンカンの半生記である。(75年に既に同じ出版社から刊行されていたが、今年5月に新訳により出版された)

 周知のように古代ギリシャの文化に理想をみて自由なダンスを標榜したダンカン芸術は、20世紀のあらゆるジャンルの芸術に深い影響を与えた。ダンカンが不自由なダンスとして認めなかったバレエも、バレエ・リュスの時代にはミハイル・フォーキンやアンナ・パブロワを通して、大いに影響を受けたことはよく知られている。

 半生記であるがまさに戦いの記緑である。襲いかかってくる偽善、魂を圧殺しようとするあらゆる社会的プレッシャーに対する闘争のつぶさな記緑の書である。とりわけ、幼い頃、あるいは舞台活動を始めたニューヨーク時代は、経済的な逼迫ともに理想と現実の極端な乖離により、非常に切実な戦いを強いられる。

 貧しい子供時代に、サンタクロースからといってキャンディーを配る学校の教師に向かって「サンタクロースなんていない」、と強硬に主張して罰をうけ、それでも自説を曲げない幼いイサドラの回想談には思わず目が滲む。こうした子供時代の凄惨な闘いの記憶と自身の最愛の二人の子供の悲劇的事故死が、後年のイサドラに自由な教育の実践へと向かわせたのである。

 ダンカンは、赤ん坊の頃から音楽に合わせて身体を動かして家族を楽しませていた、という。確かに、イサドラ・ダンカンという人物は、身体がもつ感覚が異常に優れていて、どんな出会いに対しても頭で理解するよりも先にまず、身体の感覚がすべてを感じてしまうのであろう。この飛び抜けて異常な受信能力が、普通の人たちと通常より遥かに大きな齟齬を生じて、常に闘争せざるを得ない状況に追い込まれていたのではないか、そんな印象を残す本であった。



『魂が燃ゆるままに』
イサドラ・ダンカン自伝
山川亜希子/
山川紘矢 訳
冨山房インターナショナル
¥2,100 (本体価格¥2,000)