荒部 好

『ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟』

ジョン・アードイン 著
 サンクトペテルブルクをかの地に建設したロシアの偉大な指導者、ピョトール大帝に擬して、”ワレリー大帝” とも謂われるワレリー・ゲルギエフ。弾圧と粛正に明け暮れた旧ソ連の崩壊からペレストロイカへと進んだ国家の大混乱の中から、伝統あるマリインスキー劇場の芸術を守り、飛躍的に発展させたゲルギエフ。
『ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟』は、このゲルギエフの軌跡を辿りながら、マリインスキー劇場の歴史の根幹を描いている。
 マリインスキー劇場の歴史を描くということは、とりもなおさず、サンクトペテルブルクという存在に迫る、ということになる。筆者のアードインは、かなりの筆力をもって、今日まであまり触れられていない旧ソ連時代のサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場の背景も含めて、それを明らかにしている。
 バレエについては、貴重な写真とともに思いのほかページが割かれていて、マリインスキー劇場の草創期から、革命直後ヌレーエフ、マカロワなどの亡命の頃のこと、ソロヴィヨフの自殺、あるいはヴィノグラードフの収賄容疑事件などにも関心を向けている。
 著者のジョン・アードインはアメリカの音楽評論家だが、たいへん経験豊かで、ゲルギエフ自身に薦められて、本書の筆をとった。しかし2001年、書き終わった後に死去したという。
 実際アードインが、旧ソ連が崩壊して劇場の管理体制が混乱する中で、ディアギレフが身骨を砕いて編纂したという劇場年鑑を閲覧しようとこころを配る様などには、執念すら感じられた。
 オセチア人という少数民族の出自であるゲルギエフの素晴らしい功績を知ると同時に、マリインスキー劇場バレエ団の栄光とその影も読みとることのできる、一冊である。



『ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟』
ジョン・アードイン 著
亀山郁夫 訳
音楽之友社刊
5,460円 (本体価格5,200円)