荒部 好

『梅蘭芳(メイランファン)』 世界を虜にした男

加藤徹/著
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 梅蘭芳は清朝の末期に生まれた中国の京劇の女形。旧社会で辛酸をなめながら、女形としての演技力を磨き中国の民衆を魅了した。西洋や日本などの列強が中国大陸に進出する厳しい環境のなかで京劇の改革に取り組み、知識人の応援も受けて、日本、アメリカ、ソ連で京劇公演を成功させた。
第2次世界大戦中も日本の占領下で、舞台に立つことを拒否して髭を伸ばした。中華人民共和国成立後は、国交断絶の中で日本公演を成功させるなど中国の演劇の向上に大いに力を尽くしている。
日本公演では、芥川龍之介などが賞賛したことはよく知られているし、チャップリンとの交流も有名である。
また、石井漠に師事し後に「半島の舞姫」として親しまれ、ニュ−ヨークやパリ公演も成功させた崔承喜は、1943年、上海公演の時に梅蘭芳に出会った。梅蘭芳は、崔承喜の公演を観て楽屋まで訪ね、自宅にも招いて食事を共にし、東洋の舞台芸術について対話し、大いに共感し合ったとも伝えられる。当時、梅蘭芳は紛争を避けて香港に住んでいた。梅蘭芳のほうが7年ほど先輩だが、同時代に国際的な紛争の最中、民族の誇りを秘めて舞台をに立つアーティストにしか理解することのできない胸中を開いて語り合ったのかも知れない。
この一冊で最も印象深かったのは、大戦前と後に梅蘭芳が奔走し、日本公演を大成功に導いたことである。両国とも政治体制は大きく変わったが、舞台を愛する人々の心は不変であるばかりでなく、ますます大きくなっているかのようだ。京劇の真髄は、西洋では簡単に理解されなくても、同根の文化を持つ日本ならば例え言葉が通じなくても、必ず共感し合える、という信念が厳しさを極める現実の中で、梅蘭芳らの努力によって大きな成功を収めてく様子はたいへん感動的だった。
著者は東京大学で「京劇」を研究し、現在は明治大学教授。NHKの「世直しバラエティ カンゴロンゴ」に出演している。

ビジネス社刊 定価:1,680円(本体価格1600円)