(荒部 好)

『ユカリューシャ』不屈の魂で夢をかなえたバレリーナ

斎藤 友佳理・著
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東京バレエ団のプリマ・バレリーナ、斎藤友佳理が半生を振り返った感動的物語『ユカリーシャ』が、大幅に加筆されて文庫本として刊行された。

共産主義社会だった旧ソ連から、ペレストロイカを標榜したゴルバチョフ、エリツィンの時代を経て、まったく政治体制の異なった今日のロシアが生まれた。この後世に語り継がれるに違いない激動の時代に、日本人の少女が単身バレエ留学をして恋に落ち、バレリーナとして成長を続けながら世界に冠たるボリショイ・バレエ団のプリンシパル・ダンサーと結婚して出産、ロシアと日本を行き来しながら踊り、子育てをする。それだけでもそれがどれほど困難なことか、私は少しだけだが実感できるような気がする。
ところが斎藤友佳理はその途中に舞台で大怪我をして、医師の再起不能という言葉を撥ね除けて、見事に復帰を果たす。そしてそのすべてを支えてくれたロシア人の先輩バレリーナ、エカテリーナ・マクシーモアを喪う。しかしまた、斎藤友佳理はそのメンタルな衝撃をも乗り越えて、バレリーナとして理想に掲げていた難曲『オネーギン』のタチアナ役を踊って大絶賛を浴びる。
いったいこの本の著者は、普通の人の何倍の人生を生きてしまったのだろうか、と言いたくなてしまう本である。

私は幸運にも、彼女が靭帯断裂の大怪我から復帰した『くるみ割り人形』も念願かなった『オネーギン』も神奈川県民ホールの舞台を観ることができた。観客全員が立ち上がってプリマの復帰を喜びを合った『くるみ割り人形』と、全人生を賭けたダンスだけがもたらすことのできる深い感動を味わった『オネーギン』の終演後の劇場の興奮を、今でもまざまざと思い出すことができる。
そして紆余曲折するこの物語のドラマの背後には、ロシアという大地の、厳しい環境の中を生き抜いた人々が長い歴史の中で培った、素晴らしい文化と輝ける叡智があることをヒシと感じることができる。また、「友佳理にタチアナを踊らせたい」と看破したベジャールの慧眼にも敬服させられる。

特に舞踊に携わる人々には、ぜひとも読んでもらいたいと心から願う一冊である。

『ユカリューシャ』不屈の魂で夢をかなえたバレリーナ
斎藤 友佳理・著
文春文庫
定価:700円(税込)