アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase
※画像をクリックすると別ウィンドウで大きな写真が開きます。
> >

シュツットガルト・バレエ団28年ぶりのロンドン公演

 3月25日、コロシアム劇場のスプリング・ダンス・シーズン第2弾として、シュツットガルト・バレエ団が実に28年ぶりのロンドン公演を行った。十八番というべきクランコ版『ロミオとジュリエット』を持って6日間8回公演。

 オデットとジークフリートが結ばれることなく最後に王子が溺死する悲劇的なクランコ版『白鳥の湖』、『オネーギン』『じゃじゃ馬ならし』など、演劇的なバレエを愛するイギリス人の嗜好に合った名作を多数有するシュツットガルト・バレエ団は、95年に現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団芸術監督で振付家であるデイヴィッド・ビントリーの衝撃作『エドワード2世』を世界初演。音楽をジョン・マッケイブ、衣装をジャスパー・コンランという当時のイギリスの若き才人たちのコラボレーションの結晶であるこの作品を持って、翌96年に16年ぶりのロンドン公演を行う予定であったが、結局実現しなかった。

舞踏会 ベンヴォーリオ、ロミオ、マキューシォ

 これは世界的な傾向だが、ここイギリスでも一般市民にとって「バレエ」といえば「ロシア」である。よってマリインスキーやボリショイ・バレエ以外の海外のバレエ団を招いても、集客力が伴わないことが多く、公的機関や多数のスポンサーがつかないと採算が取れない。
 また第二次大戦時にドイツ軍による激しい空襲を受け、おびただしい死傷者を出し、目を凝らせば今もその空襲の傷跡が残るロンドン、そしてイギリスでは、今だに国民の反独感情が非常に強い。

ロミオとティボルト
 これら様々な理由から、シュツットガルトやハンブルグ・バレエといった優れたバレエ団であろうと、ドイツのバレエ団によるロンドン公演の実現は難しく、話が持ち上がるたびに結局は幻に終わっていた。だから今回アスコナス・ホルト、レイモンド・ガベイそしてサドラーズ・ウェルズ共同企画で、NYCBに次いでシュツットガルト・バレエがロンドンにやってきたのは、英国のバレエ・ファンには実に画期的な出来事だった。

 バレエ団のプリンシパル・ダンサーについていうと、日本でも人気のフリーデマン・フォーゲルは、これまでイングリッシュ・ナショナル・バレエ団(以下ENBと略)の夏のロイヤル・アルバート・ホールでの公演にたびたび客演しておりイギリスでも知名度が高い。アリシア・アマトリアンもフォーゲルと共にENBに客演してジュリエットを踊っている他、ジェイソン・ライリーは、ロイヤル・バレエ団の『ヴォランタリーズ』に、アレクサンダー・ザイツェフは『月とピエロ』に客演しており、英国の熱心なバレエ・ファンには知られた存在である。
 ロンドン公演初日は、アマトリアンの故障により、当初ロミオにフォーゲル、ジュリエットにはベテランの韓国人バレリーナ、スージン・カンと発表されたが、最終的にジュリエットをカチャ・ヴィンシュが踊ることになった。

ジュリエット、ロミオ 舞踏会での出会い 舞踏会での出会い
舞踏会での出会い マキューシオ マキューシオ

 ヴィンシュは過去にローザンヌ・コンクールで賞を獲得した金髪のドイツ美人。日本の熱心なバレエ・ファンの中にはコンクールのテレビ放映で、若き日の彼女を覚えている方も多いかもしれない。また99年にはヨーロッパの若手ダンサーの登竜門であるユーロヴィジョン・ダンス・コンテストにエントリーし、現在ハンブルグ・バレエ団で活躍するヨハン・ステグリーとペアを組みグランプリを獲得。その後バレエ団に入団している。また去年はバレエ界のアカデミー賞に相当するブノワ賞最優秀女性ダンサー賞にもノミネートされ、モスクワでのガラ公演に招かれボリショイ劇場でソロを披露している。

 こうしてシュツットガルト・バレエ28年ぶりのロンドン公演初日は、バレエ団期待の役柄に似合ったドイツ人ダンサー2人がつとめることになった。当日はマキューシオ役を、バレエ団の日本公演や世界バレエ・フェスティバルでお馴染みのフィリップ・バランキエヴィッチが踊り、またクランコのミューズでバレエ団の元芸術監督であったマルシア・ハイデもキャピュレット夫人役で特別出演するといった豪華キャスト。ベンヴォーリオにはマリイン・ラドメーカー、ティボルトをイリ・イェリネク、パリスはロイヤル・バレエ・スクール出身で若き振付家でもあるダグラス・リーがつとめた。

 初日25日の公演を観る。
 日本の皆さんが良くご存知のクランコ版『ロミオとジュリエット』については、多くを語る必要はないかもしれない。ただロイヤル・バレエのマクミラン版を良く知るイギリスの関係者が語る感想も何かの参考になるかと思い、簡単に記すことにした。

 幕が上がると、コロシアム劇場の大舞台に中世イタリア、ヴェローナの街の広場が見事に再現されている。
 イギリスの2つのロイヤル・バレエ団やアメリカン・バレエ・シアターが上演するマクミラン版の『ロミオとジュリエット』のセットと衣装デザインを手がけたのは、ニコラス・ジョージアディス。ジョージアディスが、ジュリエットの部屋や、キャピュレット家の舞踏会場、墓所といった閉ざされた暗い室内を見事に表現しているのに対して、クランコ版の舞台や衣装デザインに優れた手腕を奮ったユルゲン・ローズは、ヴェローナの街の風景や、キャピュレット家の美しい庭園、ローレンス神父の教会の外に広がる青空など、屋外を描かせて白眉で、観る者を中世イタリアの街並みに誘い、ヴェローナの空気や風のそよぎすら感じさせる大いなる魅力を持っている。

 クランコの振付について言えば、『オネーギン』『白鳥の湖』『ロミオとジュリエット』などの代表作は、60年代〜70年代初頭に振付、改作されているが、21世紀の今見ても全く色褪せていないどころか、まるでつい最近振付けられた作品であるかのような現代性を宿している。
 『ロミオとジュリエット』の1幕、広場でジャンプしては体をぶつけ合うロミオとその友人たち、バルコニーの場面でロミオが懸垂をしてジュリエットにキスする、ジュリエットと結ばれたロミオがベッドの中で、指でジュリエットの髪の毛をもてあそぶをといった振付や所作は、今見ても非常に現代的でクランコの天才とその豊かな舞踊言語に打たれる。

ジュリエット ジュリエット ジュリエット、ロミオ
バルコニーでの語らい バルコニーの恋人たち ジュリエット、ロミオ

 初日はヴィンシュ、フォーゲル共にバレエ団とロンドンの観客の期待によく答え、舞踏会での出会い、バルコニーのパ・ド・ドゥ、秘密の結婚式、別れとそれぞれの死にいたるまで、演舞にのびのびと個性と技を奮った。
 フォーゲルには、クランコ版『白鳥の湖』で若き命を儚く散らすジークフリート役も良く似合うが、生涯の役ともいうべきはこのクランコ版のロミオであろう。
 私はこれまでドイツのバレエ団との仕事も多く、シュトットガルトも度々訪れ、フォーゲルの『白鳥の湖』のデビューと2日目、ノイマイヤーの『椿姫』全幕ほか数々の作品で彼を見ているが、ロミオは、まるで振付家クランコがフォーゲルのために振付けた作品であるかのような錯覚に陥る。
 甘やかさ、若々しさ、儚さといった彼の容姿に似合うだけではない。この役の振付を技術的な観点から見ても、フォーゲルが持つダンサーとしての個性や美質である「男性離れした柔軟な肢体とバランス能力、ラインの美しさや豊かなバロン(滞空時間)」といった芸術性を存分にアピールできる要素が多いのである。
 彼がピルエットで見せる上げた足の爪先の位置や上体の引き上げなどは、まさにバレエのお手本ともいうべき美しさ、正確さで、最後の回転の後のバランスにも充分な余裕がある。柔軟な四肢を存分に伸ばしてのランベルセは優雅で、普通の踊り手なら軸足の踵を床に下ろしてしまう後ですら、フォーゲルはさらにバランスをとってみせるが、それらはすべて音楽の中で行われ、ダンスール・ノーブルらしい節度があり、目に好ましい。

バルコニーのパ・ド・ドゥ
 踊る女優に徹したヴィンシュの愛らしい演技、フォーゲルの自然でアーティスティックな魅力、2人の楽しげな笑い声すら聞こえてきそうなバルコニーでの語らい、それぞれが絶望から選ぶ最後の死の場面まで、コロシアム劇場に集まった観客は大いに魅了され、カーテンコールは、ロンドンではめずらしい観客総立ちのスタンディング・オベージョンとなった。
 主役2人以外では、マキューシォ役のバランキエヴィッチが演舞に華やかで包容力もあり、観客や関係者に大いにアピールすると共に、作品に豊かな色を添えた。

 イギリスの批評家やバレエ関係者は、クランコ版とマクミラン版を比較することに始終した感があった。「似ている」と言う者も多数いたが、私個人的には両雄がそれぞれの天才のよって創り上げた「非常に異なる作品である」と感じた。またクランコの振付の影響は、イギリスの作家についていうと、マクミランよりもビントリー作品の上にうかがわれる。
(2008年3月25日初日 ロンドン・コロシアム劇場 写真は同日午後、写真家を招待して行われた1幕のみ許可の最終ドレス・リハーサルを撮影)
※写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。

 

Copyright チャコット株式会社 All Rights Reserved.  
当サイトに掲載されている情報の無断転載、無断掲載、無断引用 はお断り致します。