『白鳥の湖』:カンパニーの思惑はどこに
今シーズン2度目となる、ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』。5月15日のマチネ公演で、共にイギリス人、共にファースト・ソロイストの、ローレン・カスバートソンとルパート・ペネファザーがそれぞれオデット/オディール、ジークフリート役のデビューを果たした。
カンパニーのダンサーの多国籍化を受け入れつつも、矢張りプリンシパル・ランクにもっとイギリス人ダンサーを、とロイヤル・バレエの上層部は思っているのだろう。ロイヤル・オペラ・ハウスのフレンズ会員向雑誌ではこの二人の特集が組まれ、ボックス・オフィスのそばのヴィデオ・プロジェクターでは、アンソニー・ダウエルとアントワネット・シブリーが、カスバートソンとペネファザーを指導しているクリップが何度も流れていた。
カンパニーの期待以上のできで、終演後、舞台上でダブル昇進の劇的な発表があるか、と思っていたのだが、この日は何も起こらなかった。逆に昇進が発表されでもしたら、それこそ大変な騒ぎになっていただろう、というのが舞台を観終わっての印象だった。
今回の主役デビュー、二人の緊張は想像に難くない。カスバートソン、ペネファザー、共に技術を売りにするタイプではない。役への理解をどこまで深めるか、ということが舞台の評価を左右するのではと考えていた。二人は、のしかかるようなプレッシャーを、様々な場面で感じていたことだろう。デビューを温かく見守りたいと思いつつ。
まず、カンパニーの拙策は否めない。二人とも既にいくつかのプリンシパル・ロールや主役をこなしてきてはいるが、彼ら二人だけで、というのは今回が初めてのはず(カスバートソンはオーロラ、ジュリエットなどを。ペネファザーはアミンタ、ジェイムズなど)。
今回のデビューでも、仮に彼らのパートナーがプリンシパルであったのであれば、舞台上でのサポートがあってもっと自然な舞台になったのではないだろうか。実際の舞台は、お互いが自分自身のことで精一杯で、パートナーシップの妙、というものは筆者の目には皆無だった。特に、全体を通してペネファザーの技術の完成度の低さ、演技の浅さが目についてしまった。
カスバートソンは、第2幕、オデットの腕の動きは、白鳥の羽のそれではなく、緊張感による硬い動きが痛々しいほどだった。が、場が進むほどに自信を回復したようで、とくにソロ・パートでは「ファースト・ソロイスト」としては、及第といった所だ。惜しかったのは、彼女のメイキャップ。昨年のオーロラ姫デビューのときにも感じたことだが、彼女は舞台上で自分がどう見えるか、ということを知ったほうがいいのではと思う。あの濃さでは、彼女らしさが全く生かされていない。
最後に。今回、プリンシパル・ダンサーが一人も居ない古典バレエの全幕を、ロイヤル・バレエでは初めて経験した。一般論として語ってはいけないことは承知しつつも、バレエ・カンパニーの階級が持つ意味を改めて実感した舞台でもあった。
ダーシー・バッセルのフェアウェル公演
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| 『In the middle, somewhat elevated』 |
バレエ・ボーイズとして知られる、ジョージ・パイパー・ダンシィズの二人、ウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンの二人が企画したダーシー・バッセルのフェアウェル公演が、サドラーズ・ウェルズ劇場で、5月15日から18日にかけて上演された。この公演の突然の詳細発表、チケット発売があった3月下旬には、ダーシー・バッセル、ロイヤル・バレエ双方からは、彼女の引退は正式には発表されていなかったと記憶している。今回のプログラムの中で、6月8日、ロイヤル・バレエの今シーズンの最後のトリプル・ビルでの、ケネス・マクミランの『大地の歌』が、バッセルのロイヤル・オペラ・ハウスでの最期の舞台となっている。
それだけでは過去20年にわたって、ロイヤル・バレエのトップ・ダンサーの一人として、またイギリスを代表するプリマ・バレリーナとして活躍して来たバッセルを送り出すには不十分。ということでこの特別公演が企画されたのではないかと推察する。また、サドラーズ・ウェルズ劇場は、ロイヤル・バレエ学校を卒業したバッセルが、1年間在籍した、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)の本拠地だった。プロフェッショナルなバレエ・ダンサーの一歩を踏み出した同劇場で自分のキャリアを締めくくる機会をもてたことは、バッセルにとって感慨深いものがあったようだ。
出演者は、バッセル、ジョナサン・コープ、ロベルト・ボッレ、トレヴィット、ナン、タマラ・ロホ、ベリンダ・ハトレイ、ニコラ・トラナ、エドワード・ワトソン、クリストファー・サウンダーズ、サンドラ・コンリーとバッセルの最良の時代を共に舞台で過ごしてきた豪華なメンバーが集まった。プログラムの構成は、前半がバッセルへのヴィデオ・インタヴューを合間にはさんで、『On
Classicism(ウィリアム・タケット)』、『In the middle, somewhat elevated(ウィリアム・フォーサイス)』、『Cinderella
Act II variation(フレデリック・アシュトン、これだけヴィデオ)』、『Tryst(クリストファー・ウィールドン)』、『Sylvia
Act III pas de deux(アシュトン)』から抜粋。後半は、マクミランの『ウィンター・ドリームズ』の全編。演目のすべてが、バッセルのキャリアの中で重要な位置を占める、もしくは彼女にとってどれも大切な思い出として残る踊りを集めたようだ。
前半のプログラムを見ている限り、バレエ・ダンサーとして、これからも古典もモダンもどんなものでも素晴らしく踊れるだろうに、と思うほど完成度の高い踊りをバッセルは披露した。『シンデレラ』のヴァリエイションでの全く無駄のない、優美、且つ正確無比な技術、『In
the middle, somewhat elevated』での柔軟さとタフネス、そして『Ttyst』での詩情溢れる存在感。
『On Classicism』は、バレエ学校の卒業時に、タケットがバッセルとトレヴィットに振付けたもの。難解なものでなく、基本に忠実な振付。それを、ヴィデオの中の20年前の彼女とほぼ同じように清新に踊るバッセルとトレヴィット。そして『Sylvia』では、コープとのパートナーシップ(17日のみ、他の日はボッレ)から生み出された大輪のイングリッシュ・ローズのように、舞台に咲き誇るバッセル。彼女の20年のキャリアをずっと客席から観続けてきたバレエ・ファンには胸にこみ上げるものがあったのではないかと想像する。
昨年、怪我で自身の引退の舞台を逃したジョナサン・コープの舞台での存在感に、ファンは彼に舞台に戻ってきて欲しいと思ったことだろう。『ウィンター・ドリームズ』のクルイギン役でみせた抑制の効いた演技は、コープが今後キャラクター役で舞台に戻ってくることを期待してしまうものだった。
インタヴューの中で、どうしても彼女の身体能力のほうに注目が集まって、それに合う役にキャストされることが多く、希望していたドラマティック・ロールを踊る機会が少なかったことに触れていた。踊りたい役はまだまだあるようだが、バレエの世界から引くことに、迷いはないようだ。ヴィデオの最後、二人のお嬢さんを見つめるバッセルは一人の母親だった。彼女たちと多くの時間を過ごしたい、と語るバッセルの声はとても力強く、そして暖かなもの。38歳という、これからもまだまだトップの位置に居られる年齢での引退を決めたバッセルの決意は固い。
最終日の18日、『ウィンター・ドリームズ』の終了後に何度もカーテン・コールに応えるダンサーたち。何回目かにカーテンが上がったとき、舞台に居たのはバッセルだけだった。これが彼女の最後になって欲しくない、と多くの観客が思ったにちがいない。
サドラーズ・ウェルズ劇場の新しい企画
サドラーズ・ウェルズ劇場がイギリスで有名なプロモーターと組んで、トラファルガー・スクェアからすぐの所にある、イングリッシュ・ナショナル・バレエとオペラの本拠地、ロンドン・コリセアム劇場で独自のプログラムを、2008年春に上演することが、5月1日に発表された。
イングリッシュ・ナショナルは金銭面、マネジメントでここ数年全く良いことがなく、最近では、運営資金を調達するためにミュージカルを上演することも増えてきている。今後は、さらに資金調達のために、マネジメントをことにするコリセアム劇場が年に数ヶ月、他の団体に劇場をレンタルする、という報道がこの発表の数週間前にあったばかり。
サドラーズ・ウェルズ劇場がロンドンのウェスト・エンドに進出、というのはちょっと意外な印象を持つ。「Spring Dance
at the London Coliseum」と銘打たれたこの企画は、プレスリリースの情報では、今後5年にわたって続く予定の企画の第一弾。だからなのか、プログラムは意欲的だ。
スポルディング監督が昨年のインタヴューで言及していたが、ニューヨーク・シティ・バレエはサドラーズ・ウェルズ劇場が単独で企画するにはかなりコストが高いらしい。今回、外部のプロモーターとの共同企画で、この点をクリアしたのであろう。ニューヨーク・シティ・バレエが25年ぶりにロンドンに来る。続いて、こちらは26年ぶりのロンドン公演となるシュトゥットガルト・バレエ。更にカルロス・アコスタの企画公演、ギエムとマリファントの『PUSH』が続くことになっている。この企画で、ロンドンのバレエ・ダンス・シーンがいっそう活性化をするのは嬉しい。が、既に発売になっているチケットの料金が、サドラーズでの通常公演ではありえないような高い料金に設定されているのは、あまり嬉しくない。
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