守屋光嗣 text by Koji Moriya
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ミックス・プログラム(ロイヤル・バレエ)

 今シーズンのロイヤル・バレエのプログラムで目を引くのは、バランシーンの作品の多さと、ロイヤル・バレエのために振付けられる新作の多さだ。3月5日に始まったミックス・プログラムは、『アポロ』とカンパニー初演となった『テーマとヴァリエイションズ』のバランシーン2作品が、アラステア・マリオットの『チルドレン・オブ・アダム』(世界初演)をはさむ構成だった。

『チルドレン・オブ・アダム』
 ロイヤル・バレエのプリンシパル・キャラクター・アーティストであるマリオットにとって、メイン・ステージで2作目となるこの作品は、アメリカの詩人、ウォルト・ホゥィットマンのいくつかの作品から着想を得たとのこと。マリオットにとっては初めての「ナラティヴ・バレエ」になり、音楽はクリストファー・ローズ(Christopher Rouse)、セット・デザインはアダム・ウィルッシャー(Adam Wiltshire)が手掛けた。


ベンジャミン、ステパネク

マックレー、ステパネク

ステパネク、マックレー、
ベンジャミン

 一組の男女が幸福そうに踊っていると、眠りから覚めた男の弟がそこに割って入ってくる。どうやら、兄弟で同じ女性を好いてしまっている。女性(リアン・ベンジャミン)は兄(ヨハネス・ステパネク)を好いているが、弟(スティーヴン・マックレー)には恐れを抱いているよう。
 一見してすぐ、弟は身体的にも精神的にも何かしらの弱さを示している。それによって、周囲の人々からも疎まれている様子。再び兄と若い女性の前に現れる弟。何かの衝動に突き動かされ、弟は兄を殺めてしまう。すべてから見放され後悔の念に苛まれる弟の前に兄の亡霊が現れ、二人で踊り始める。踊り終わったあと、兄は弟を許す。



マックレー、ベンジャミン

マックレー、ベンジャミン

 物語は、立場は逆だが、聖書の「カインとアベル」の物語を想起させるであろう。また、性の衝動も重要なポイントとして盛り込まれている。何人かの批評家は、この時代に「物語バレエ」にあえて取り組んだマリオットの勇気を称えてはいた。更に言えば、最後の弟と兄によるパ・ド・ドゥは美しく形づくられていた。
 が、これがすぐに再演される、更に多くの観客にすんなりと受け入れられる作品である、とは即座には言いがたい。振付全体を通して、そこかしこにケネス・マクミランの影が見えてしまう。やはり兄弟間の不安定な心理描写を扱ったマクミランの『マイ・ブラザー、マイ・シスターズ』の場面が蘇り、そのイメージが舞台で進む物語を凌駕してしまった。マクミランは間接的な表現で、舞台上に鮮明な心理的確執を再現した。マリオットは、直接的な表現を多用することにより、物語の輪郭をぼやけさせてしまった。一例をあげると、性の衝動を表現するのに、股間を押さえる、というのは安易すぎないだろうか。マリオット自身がどこまでマクミランの影響について意識しているのかは判らないが、次回作へのプレッシャーは相当なものになるのではないかと想像する。
 なんとも形容しがたい作品にもかかわらず、物語バレエの伝統が深く流れるロイヤル・バレエのダンサーたちの踊りの水準は高かった。主役3人は、それぞれの役への理解はとりわけ深かったように思う。日ごろメイン・ロールを踊ることが少ないステパネクの柔らかな動きと、マックレーのシャープな動きが合わさる場面は、強く印象に残った。

『チルドレン・オブ・アダム』

ステパネク、マックレー

(センター)リアン・ベンジャミン

『チルドレン・オブ・アダム』

『アポロ』、『テーマとヴァリエイションズ』

『アポロ』
カルロス・アコスタ
『アポロ』が前回上演されたのは、2003年4月の「ヌレエフ追悼」のプログラムでだった。今回の初日の主要キャストは、そのときと全く同じで、カルロス・アコスタ、ダーシー・バッセル、マリアネラ・ヌニェス、マーラ・ガレアッツィのプリンシパル・ダンサー4人。前回、自分がどんな印象を持ったか記録を読んでみると、今回と全く同じで、アコスタとバッセルの洗練された存在感に強く感銘を受けていた。ヌニェスとガレアッツィが悪いというのではなく、むしろバッセルとアコスタのこれまでの経験が美しいフォームで舞台上に表現されていたといったところだ。



マリアネラ・ヌニェス

『アポロ』
マリアネラ・ヌニェス


バッセル、アコスタ



『アポロ』
  ガレアッツィ、バッセル、ヌニェス

 1947年にバランシーンが創作した『テーマとヴァリエイションズ』がロイヤル・バレエのレパートリーにこれまで入っていなかったのは、意外だった。ネオ・クラシカルのチュチュ・バレエのお手本ともいえるような振付で、どうしてこれまでロイヤルが取り入れなかったのか。
 初日、プリンシパル・ロールを踊ったのは、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーのカップル。コジョカルは重力を感じさせない軽やかなジャンプ、目にもとまらない細かい足の動きに全く無駄がなく、まるで美術品そのもの。漸く、数ヶ月ぶりに舞台に戻ってきたコボーも、ブランクを感じさせず、自身の踊りとパートナリング双方で、良い動きだった。この二人が舞台に一緒にいると、それだけで舞台を観る幸福感が高まる。


アンサネッリ、カスバートソン、
チャップマン、モレーラ

『テーマとヴァリエイションズ』
アリーナ・コジョカル


コジョカル、コボー



『テーマとヴァリエイションズ』


ウィリアム・タケットの2作品
 2006年から今年にかけて、ウィリアム・タケットはかなり多忙だ。年末・年始、ロイヤル・オペラ・ハウスのリンベリー・スタジオ・シアターで『The Wind in the Willows』の再演、ロイヤル・バレエへの新作『七つの大罪』(4月)、ROH2プログラムの新作である、スティーヴン・ソンドハイム作の『Into the Woods』の演出、また芝居への進出も予定されている。そんな中、3月上旬に、タケットの二つの旧作を見た。一つは、リンベリーでの『タイムコード』(2005年作)、もう一つは、サドラーズ・ウェルズ劇場で、イングリッシュ・ナショナル・バレエによる『カンタヴィルの幽霊』(2006年作)。
 両作品に共通するのは、最近のタケットの振付では既に定番となっている、ダンサーによる台詞(『タイムコード』)、録音されたナレーション(『カンタヴィルの幽霊』)と、純粋に踊りだけではない点だ。また、双方とも「家族向け」ということが強調されてはいたが、『タイムコード』はより実験的、『カンタヴィルの幽霊』のほうは娯楽作品としてかなりの水準にあったように思う。
 『タイムコード』は、ROH2プログラムの一環である「教育」の目的にあわせて創作された作品のようで、舞台を初めて観る子供たちに、間近でダンサーがどう踊るのかが判るようにかなりシンプルな振付だった。ただ、時間の矛盾を題材にした台詞は、小学生くらいの子供たちが舞台を目で追いながら理解するには、ちょっと詰め込みすぎていたようだ。付け加えるなら、英語を母国語としない日本人にもかなり厳しかった。途中、台詞を追うのを諦めた。
 ダンサーはロイヤル・バレエのコール・ドから4人、更に主役の科学者は舞台俳優が演じた。45分の舞台が終わると、客席にいたタケット、舞台上のダンサーやミュージシャンが子供たちからの質問に答える時間が設けられていた。観るだけでなく、子供たちがパフォーミング・アーツに興味を抱くきっかけになれば、という趣旨が見て取れた。

『タイムコード』

 オスカー・ワイルドの同名の物語を題材に、新たにマイケル・ウェストが書き下ろした脚本を元にした『カンタヴィルの幽霊』は、バレエ・カンパニーへの全幕作品ということで、実験色は殆ど感じられなかった。不満に感じたのは、「バレエ」作品として振付の出来はかなりいいものだったので、ナレーションを入れる必要が本当にあったのかどうか、ということ。全幕物で頻繁にナレーションが入ってしまうと、舞台への集中力が削がれてしまう。どうやら、タケットの考えでは、作品の流れを理解してもらうためにナレーションがあったほうがいいのでは、とのこと。しかしながら、観客が舞台から刺激されて次第に想像を働かせ、よりいっそう舞台に親近感を覚える、というのも「物語バレエ」に重要な点だと思う。
 その点を除けば、家族が楽しめる舞台だった。振付に超絶技巧はほとんどなかったが、場面ごとの振付一つ一つに意味を見出すことができる判り易いものだった。舞台全体からは、「これはイギリスでしか創られないバレエ」と感じた。一方で、全体の雰囲気から、何とはなしに漫画家の坂田靖子の代表作としてあげられることの多い、『バジル氏の優雅な生活』を連想した。「イギリス」という国に好意的なイメージを抱くバレエ・ファンにはすんなりと受け入れられるバレエかもしれない。
 プログラムの中で、タケットは、アシュトンへの想いを語っている。歳を重ねるにつれ、「物語バレエ」を創作するにあたって、彼自身がアシュトンのスタイルにどれほど惹かれているかが鮮明になってきているそうだ。彼の創作意欲が「バレエ」にとどまるのか、それとも広範な分野にわたるのかはこれからの評価次第だろう。彼が初めてみたバレエ作品は、アシュトンの『リーズの結婚』とのこと。ならば、イギリスらしい、ナレーションがなく、身構える必要のないバレエを、タケットが近いうちに創作することを期待する。


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