守屋光嗣 text by Koji Moriya
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ロイヤル・バレエ・ミックス・プログラム:カンパニーの歴史に刻まれた夜
今シーズン2番目のミックス・プログラムは、バランシンの『四つの気質』を真中に、最初が、ランダム・ダンス・カンパニーを主催するウェイン・マックグレガーによる『Chroma(彩度の意)』、最後にクリストファー・ウィールドンによる『DGV(Danse a grande vitesse:高速のダンス)』、共にロイヤル・バレエに振付けられた世界初演の振付が上演された。
2003年12月、シルヴィ・ギエムとバレエ・ボーイズによる『Broken Fall』を含む世界初演3作の成功以降、ロイヤル・バレエは新作には全く恵まれていなかった、と言っても過言ではないだろう。が、新作を取り入れる努力と今後もレパートリーとして上演しつづけたい、というカンパニーの希望が叶う夜が、漸くロイヤル・バレエに訪れた。ちなみに、チケットが発売された当初は、初日以外はかなり余っていたが、大幅なディスカウント、更に使われる音楽の話題性・意外性もあってか、公演が始まる数週間前には、ほぼ完売状態だった。
『四つの気質』がロイヤル・バレエのレパートリーに初めて取り入れられたのは1970年代だが、上演回数は少ない。このプログラムの初日、11月17日がちょうど10回目の上演だった。昨シーズン、更に今シーズンはバランシンの振付を盛んに取り入れている印象のあるロイヤル・バレエなので、高い水準の舞台を予想していたが、実際の舞台は、こちらの期待を上回るものだった。
アンサンブルを踊るコール・ドの動きが、多少ぎこちなかったかな、と思われることはあったが、各パートを踊ったプリンシパル・ダンサーは、「ロイヤル・バレエ」のダンサーが踊るバランシンの最良の舞台を見せてくれた。昨シーズンの、エリザベス女王80歳誕生日ガラで、絶妙のコンビネーションを披露したダーシー・バッセルとカルロス・アコスタは、第2ヴァリエーションで空間を切り裂くような鋭い動きを見せたかと思うと、お互いのことを知り尽くしたような滑らかな動き。また、第3ヴァリエーションを踊ったエドワード・ワトソンからは、自分が何を要求されているかを完全に理解したうえで、体全体から発せられる役との一体感が強く感じられた。このプログラムの初日、11月17日にワトソンは、3作品全部にキャスティングされていて、どれもが高い水準だった。欲を言えば、コンテンポラリーだけでなく、古典バレエでも同じくらい強烈な印象をこちらにもたらす踊りを見せてもらいたい。
ロイヤル・オペラ・ハウスのメイン・ステージで初めて上演されたマックグレガーの振付は、2003年の『クォリア』だった。その後、全体を通して再演されたことはないが、メイン・デュオのパ・ド・ドゥは、ガラ公演などで何度も上演されている。
今回の3年ぶりのロイヤル・バレエへの新作、『Chroma』がまず注目を集めた点は、使われる音楽。アメリカのロック・バンド、ホワイト・ストライプスの『Aluminum』、『The Hardest Button to Button』、『Blue Orchid』をジョビィ・タルボット(Joby Talbot)がオーケストラ用に編曲したものが含まれていたからだ。ありていに言えば、これまでロイヤル・オペラ・ハウスで聞いてきたどの音楽よりもやかましく、耳に突き刺さる鋭いものだった。が、この音楽が、ロイヤル・オペラ・ハウスにバレエを観に来ることなど考えたこともない若い世代をひきつけた。ロイヤルのオーケストラも、この通常では演奏しないタイプの音楽を見事に弾きこなしていた。
『Chroma』
『Chroma』
実際の舞台では、ミニマリスティックなセット(建築家のジョン・ポーソン:John Pawson)とユニ・セックスなコスチューム(モーリッツ・ユンゲ:Moritz Junge)が、音楽、振付、ダンサーを有機的に結びつけるように作用していた。
マックグレガーの振付を語るときに使う言葉は、普段バレエ・ダンスを表現する言葉ではなくなってくる。『Chroma』もしかり。ダンサーは、宙空に投げられ、床を滑り、ぶつかり合い、飛び跳ね、ダンサーの間の空気を圧縮したり引き伸ばしたり、関節がありえない方向に曲げられる。ダンサーは女性4人、男性6人のみ。男女のペア、男性3人、女性3人、男性5人とあらゆるフォームで激しくそして静かな動きが生み出される。
しかし、この『Chroma』で最も印象的なのは、バレエとは相容れない言葉でしか語られないようなすべての動きが、「バレエ」の技術の上に成り立っていることだ。更に興味深かった点は、遠景からダンサーたちの動きやフォーメーションを観たとき、何ともいえない調和が舞台に生み出されていた。コンテンポラリーの振付家、かつ振付をする上での着目点が、他の振付家とは全く異なるマックグレガーの新作は、「古典」バレエの範疇で語られることの多いロイヤル・バレエの「バレエ・カンパニー」としてのキャパシティを広げ、アイデンティティに柔軟さをもたらした。
『Chroma』
『Chroma』
ウィールドンの最近のスケジュールは凄まじい。公演前の新聞のインタビューによると、来年はじめにはボリショイ・バレエに、更にNYCBへの新作も予定されている。創作の範囲を広げるためか、今回のプログラムの解説によると、2008年に切れるNYCBのレジデント・コレオグラファーの契約は、現在の所、延長しない可能性が高いようだ。 『DGV』のタイトルは、使用したマイケル・ナイマンの音楽『MGV:高速の音楽』によるのは明らか。この音楽は、フランスの高速鉄道、TGVを念頭に作曲され、1994年に発表された。振付のアイデアが先だったのか、音楽が先だったのかは知らないが、振付の意図は明らかに「旅」を意識したもの。舞台セットもそのモチーフを強調するものだった。プリンシパル・カップルが4組、コール・ドが18人とかなりスケールの大きい作品。
まるで窓から眺める景色が次々に流れていく状況を思わせる音楽にあわせて踊られるそれぞれのカップルの踊りは、旅が人々にもたらす高揚感、期待、そして不安を文字通り高速鉄道に乗っているようなスピード感を完璧に表現していた。マックグレガー同様、バレエの基本をきちんと踏まえた振付で、特にリフトが多用されていた。とても美しい。
第1組のカップル(セナイダ・ヤナウスキー、エリック・アンダーウッド)が舞台から去るのと入れ替わるように、第2カップル(リアン・ベンジャミン、ワトソン)が登場。更に高揚感を高めていく音楽とともに、舞台から発せられるエネルギーがじわじわと観るものの心まで高めていくようだった。
そして第3カップル(バッセル、ギャリー・エイヴィス)も同様な音楽に乗り、同様な振付を踊る。このまま同じ動きが繰り返されるままなのか、と疑問が湧くタイミングを計ったかのように、音楽は一転して緩やかな調べに転じる。その絶妙な変わり方は、旅にはそして人生には何かしらの変化が起こることを思いださせる。が、そこに戸惑いや、ためらいはない。
第4カップル(マリエネラ・ヌニェス、フェデリコ・ボネッリ)が更にスピードに乗って踊る中、恐らく観客はダンサーと同じ高速列車に乗っているような気分になっていたことだろう。
『DGV』
『DGV』
『DGV』
プリンシパル・カップル4組と、すべてのコール・ドが舞台にそろった途端、舞台横の客席にいた打楽器奏者が、オーケストラにあわせて強靭にドラムを叩きはじめる。しかし、そのリズムはしなやかだ。流れるように、この旅に終わりはないかのように踊りつづけるダンサーたち。照明は決して明るくない。が、舞台の上に燦然と輝く祝祭空間が現れたようだった。観ているこちらまで、ここで立ち上がって、旅をはじめよう、と。
照明の光度がふと落ちる。音楽がやむ。舞台に残った4組のプリンシパル・カップルはゆっくりと踊りつづける。聞こえるのは、彼らの荒々しい呼吸だけ。が、それすら音楽のよう。そして闇の中でダンサー達の動きが止まった一瞬の静寂後、多くの観客の想いは、歓喜の咆哮となってロイヤル・オペラ・ハウス内に満ち溢れた。
『DGV』
『DGV』
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