守屋光嗣 text by Koji Moriya
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「眠れる森の美女」:ロイヤル・バレエ創立75周年記念

 ロイヤル・バレエが、ニネット・ド・ヴァロワによって設立されたのは1931年5月(当時はヴィック・ウェルズ・バレエ)。そして、第二次世界大戦後の1946年(60年前)の5月15日に、マリウス・プティパの振付をヴァロワとニコラス・セルゲイエフが演出し、舞台セット及びコスチュームはオリヴァー・メッセルによる『眠れる森の美女』が上演された。


プロローグから

ガーランド・ダンス

第1幕より

 ヴァロワは、常に『眠り』がカンパニーにとって重要な演目であることを強調していたとのこと。残念なことに、アンソニー・ダウエル、及びナタリア・マカロヴァによる新演出は、ロイヤル・バレエのファンにとっては満足の行くものではなかった。今回、75周年の節目に、芸術監督のモニカ・メイソン女史は、クリストファー・ニュートンとともにカンパニーの歴史の中でも重要なこの1946年の演出を復活させることにした。デザインは、ピーター・ファーマーが手を加えて、現代的な要素を盛り込んだものに。キャスト表の情報によると、「プロローグ」のカラボスとねずみのシーンはダウエルの振付。第1幕のガーランド・ダンスは今回のためにクリストファー・ウイールドンが新しく振付けたもの。第2幕のオーロラとフロリムントのそれぞれのヴァリエイション、及び第3幕のフロレスタンと彼の姉妹のトロワはアシュトンによる振付。第3幕のポロネーズとマズルカはダウエルによるもの。

アリーナ・コジョカル


エリザベス・マクゴ

マリアネラ・ヌニェス

ラウラ・モレイラ

ロサートとマリオット

 初日と二日目の18日を観てきた。ロイヤル・オペラ・ハウス内は、可憐な淡いピンクの薔薇が、エントランスからクラッシュ・ルームへの階段や、フローラル・ホールの柱にたくさん飾られていた。また初日は、40年代、50年代に活躍した伝説のダンサーたちが招待されていて、ハウス内は高揚感に溢れていた。
 ピーター・ファーマーが手を加えた舞台セット及びコスチュームについては賛否が分かれた。セットの淡い色調は、風景画に観られるイギリスの伝統が感じられて好ましく思えた。が、コスチュームの色合いも同じく淡いトーンで統一されていて、もう少しメリハリをつけたほうが良かったのではないかと。特に、オーロラ姫の第3幕のチュチュ、白系統を使うなら、オフ・ホワイトより純白にしたほうが、上品でいっそう華やいだものになったのではないかと想像する。

ロサート(カラボス)

第1幕から(中央はコジョカル)

第2幕から(中央はヌニェス)

 初日の準主役級、及びコール・ドの印象は、リハーサル不足。4月中旬から全幕物が3作続いてダンサーへの負担は大きかったとは思うが、カンパニーが全力を傾けて準備してきた『眠れる森の美女』の初日の出来としては不満が大きい。特に、プロローグの5人の妖精たちとキャヴァリエたちは、全く精彩を欠いていた。そんな中、一人ロイヤルのダンサーらしい動きをキープしていたのは、ファースト・ソロイストのラウラ・モレイラだった。
 もう一つ感じたのは、この『眠り』の振付が、バレエの基本に忠実な余り、現代的な演出・振付になれているダンサーたちにとって異質なものだったのではないか、という点。楽に華麗な技術を見せる振付ではなく、基本に忠実になってこそ、ダンサー一人一人が自身の体の美しさとごまかしの利かない技術を見せなければならない振付、そんな印象をもった。いく人かのファースト・ソロイストからは、振付が自分のものにならない苛立ちを感じた。
 この印象が深まったのは、今回新たに振付けられたウィールドンによるガーランド・ダンスの場面。ウィールドンの振付自体は、ことさら素晴らしい、と言うものではなかったが、全体の雰囲気の中にしっくりと収まるものだった。この場面を踊るのはコール・ド・バレエだが、前後のシーンから感じられた目に見えるほどの緊張感はなく、楽しげに踊る彼らからは好ましい印象を受けた。が、これは踊りなれている、現代の振付家によるものだからこそだったからではないかと思う。


コジョカルとコボー

アリーナ・コジョカル

ヨハン・コボー

初日を飾ったのは、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの二人。現在、ロイヤル・バレエが世界に誇るカップルだ。コジョカルは、第一幕の中盤まではかなり緊張していたようだが、ローズ・アダージオの最後に満面の笑顔を浮かべてアピールしたあとは、ロイヤル・バレエのプリマ・バレリーナとして舞台で輝いていた。全体を通して、バランスの場面でややもたついているかなという印象があったが、コジョカルの可憐な容姿、正確な技術はまさしくオーロラを演じるためのもの。コボーは、ロイヤルに移籍してきたばかりのころと比べると、体力的に抑えているような印象をもった。が、跳躍、回転、ステップのすべてが正確無比で、これこそ古典バレエのノーブルな王子役のお手本ともいうべき演技だった。
 そして、この二人の素晴らしい所は、そのゆるぎない、そしてそれだけで芸術作品とも言えるパートナー・シップ。第三幕のグラン・パ・ド・ドゥでコジョカルがコボーのサポートの元、高速回転から一気にフィッシュ・ダイヴへの連続は、お互いのことを知り尽くしているからこそ、信頼しているからこそのもの。どのようにサポートしたら、オーロラを落とさないであのような信じられない勢いでフィッシュ・ダイヴに持っていけるのか? 観客の反応も凄まじいものだった。
 余談になるが、2005年3月に、コボーとコジョカルのドキュメンタリー番組が放映された。それを受けてある新聞のインタヴューで、コボーはこう語っている。「アリーナがダンサーとして、キャリア・技術ともにピークを迎えるであろう10年後、僕は40歳を迎えている。その時に、彼女が安定したパートナーを得ることができるかどうか。彼女にとって大きな問題になるかもしれない」。ということで、パートナー・シップの奇蹟をバレエで観てみたいバレエ・ファンにとって、コジョカルとコボーは最も見逃せないカップルではないだろうか。


第3幕 コジョカルとコボー

コボー

コジョカルとコボー

 カラボスはこれまでと比べると、メイクがずっと若くなり、舞台上での存在感に無理がない。初日のカラボスは、プリンシパル・キャラクター・アーティストのジェネシア・ロサートが演じた。毒々しさは薄かった半面、カリスマティックともいえるほどのエネルギーは、若手ダンサーが束になっても叶わないほど。
 第三幕のフロリナ姫と青い鳥は、サラ・ラムと佐々木陽平。ラムは、重要な役につくことが増えてきた。ロイヤル・スタイルというにはまだ早い気もするが、経験に裏付けられた自信を感じた。佐々木の青い鳥は、初日は、やや重い感じがした。が、2日目の18日は、軽やかさが戻った感じだった。更に、手の先、足の先まで完璧にコントロールされた動きは観ていて気持ちのいいものだった。
 ライラック・フェアリーは、初日はプリンシパルのマリアネラ・ヌニェス。二日目は、ファースト・ソロイストのアクレサンドラ・アンサネッリ。マイムの雄弁さという点では、ヌニェスが勝っていたように思う。が、ここしばらく、多くの若手のダンサーから感じる演じ分けの拙さ、表情の作り方の乏しさが残念ながらこのプロダクションでも何度も見受けられた。ヌニェスやアンサネッリだけではないが、眉間にしわを寄せればネガティヴな感情を表現できると思い込んでいるよう。舞台上のダンサーが、いっせいに眉間に皺を寄せるだけというのは、いただけない。


サラ・ラムと佐々木陽平

サラ・ラムと佐々木陽平

サラ・ラム

 二日目は、タマラ・ロホとフェデリコ・ボネッリのカップル。ロホは、彼女の技術を誇るということに一切の迷いはなく、いっそ潔かった。第3幕でのコーダの場面では、得意のピルエットの連続。しかも、回転速度をおとしてというもの。ボネッリは、昨年末の『くるみ割り人形』でも感じたことだが、ノーブルな王子を演じるダンサーとして技術の水準が格段に向上していた。頼もしい成長振りだった。
 初日のカーテン・コールでは、舞台両脇のバルコニー席からカーネイションが降り注がれた。恐らく、このプロダクションが安定するまで、しばらく時間がかかるかもしれないが、ロイヤル・バレエの『眠れる森の美女』として語られていくことになる気がする。
 

 

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