守屋光嗣 text by Koji Moriya
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「ジゼル」:誓いを守ったのは誰?

ロイヤル・バレエが前回『ジゼル』をプログラムに入れたのは2003/04シーズンだから、この人気の高い古典バレエがコヴェント・ガーデンの舞台で上演されなかったのはたった1シーズン。なのに、この枯渇感はどうしたことだろう、というくらい期待が膨らんでいた。上演前のプレスの取り上げ方も熱気に満ちていた。
上演されたプロダクションは、ピーター・ライトによるもの。このプロダクションがロイヤル・バレエで初演されたのは1985年。既に20年も上演されつづけていることになるし、ライト版だけでもロイヤルでの上演回数は500回を超えているそうだ。何度も観ている舞台だが、飽きがこない演出である。また、個人的には、ロイヤル・バレエのダンサーが演じる『ジゼル』だけは現代風なものにはなって欲しくない、という思いがある。

『ジゼル』第2幕

1月、2月は、5組のプリンシパル・カップルがキャスティングされている。一ヶ月に及ぶ上演期間中、主役にゲスト・ダンサーを招かずに、カンパニー内のプリンシパル・ダンサーだけで乗り切れることは、ロイヤル・バレエの人材の豊富さと好調ぶりの証だろう。
 ジゼルをタマラ・ロホ、アルブレヒトをカルロス・アコスタ。ミルタをゼナイダ・ヤナウスキー、ファースト・ソロイストのティアゴ・ソアレスがヒラリオンと、錚々たるファースト・キャストの2日目を観てきた。
 前回、ロホとアコスタの組み合わせを逃してしまったので、この二人による『ジゼル』は今回初めて観た。二人のパートナーシップ、それとそれぞれの技術・経験が絶妙に合わさってとても素晴らしい舞台だった。両者とも、初日は第2幕でテンションが落ちたと評されていたが、観にいった日は、始まりから終わりまでジゼルとアルブレヒトの物語に二人が深く入り込んでいるのを感じた。

 アコスタは、キャラクターとしては陽気な役が合っているイメージがあるので、第1幕でのジゼルと軽やかに踊る場面の方がより自然な感じがした。が、第2幕ではジゼルを探し求める悲しみを湛えた演技、真摯な役作りをしていたように思う。特に2幕は、自身のヴァリエイションもあって体力的にはかなりきついだろうが、ジゼルのサポートも一切乱れることが無かった。最近、コンテンポラリーばかりでアコスタの鮮やかなパフォーマンスを観てきたが、古典バレエダンサーとしても素晴らしい存在であることを再確認できた。
 ロホは、例えばコジョカルと比べるとほんの少しぽっちゃりした容姿なので、2幕の妖精としての姿にどうしても生命力を感じてしまうのだが、観客の期待に正面からこたえる完璧なジゼルだった。第1幕では、思惑に翻弄される純真無垢な村娘と、自分の欲するものを守ろうとする頑なな意思を。そして、そのはざまで正気を失っていく過程を自然な演技で見せていた。
 第2幕に入って、特に印象に残ったのは、ミルタや他のウィリたちからアルブレヒトを必ず守りぬくという静かな、だが心のそこからの想いを感じる表現力。他の古典バレエだとどうしても技術を目立たせようという動きを感じることのあるロホだが、この夜に関しては、『ジゼル』という演目の枠組みの中ですべての動き、そして表現が自然に結びついていたように思う。

 ソアレスは、昨シーズンから大きな役がつくことが増え、またその期待に応え、観るたびに技術と自信が深まっているのが感じられる。更に、美しいかどうかは評価が分かれるかもしれないが、ソアレスが回転で見せるそのスピードと迫力はロイヤル随一だろう。『ジゼル』を観るたびに感じる唯一の不満は、第2幕、ヒラリオンがウィリたちに追い込まれていく場面。今回、幽玄の美しさを湛えながら、且つ夜を支配するミルタの冷徹さを踊りで示したヤナウスキーとソアレスの対峙は、ヒラリオン退場の場面にこれまでにない説得力をもたらしていた。
 その他で印象に残ったのが、日本人ダンサーの活躍。第1幕のパ・ド・シスに佐々木陽平と蔵健太が出ていた。両者ともとても軽やかなステップと動きで、観ていて気持ちのいい、清清しい踊りだった。蔵のランクはファースト・アーティストだが、昨シーズンから目立つ役を演じることが増えている。これからのステップ・アップが楽しみだ。また、第2幕のウィリを演じたコール・ドの見事に調和の取れた踊りからは、ロイヤル・バレエの好調さを改めて感じた。


『ジゼル』
アリーナ・コジョカル
(2004年上演の写真)
 今回の『ジゼル』を観るに当って、個人的に楽しみにしていたことがある。前回上演後しばらくして、ある辞書で、英語圏で使われるファースト・ネームの由来一覧を見つけた。例えば、オフィーリア(OPHELIA)がギリシャ語源で「サーペント」、シルヴィア(SYLVIA)が同じくギリシャ語で「森に住む」という意味など。その中に、チュートン語から「GISEL」があった。その意味は「Pledge:誓約」。
 同じ綴りではないのでもしかしたら思いすぎなのかもしれない。しかし、「誰が誓いを破り、誰が誓いを守ったのだろう」、と考えながら舞台に接していると、今まで見過ごしていた場面や、ジゼルがどうしてアルブレヒトを守ろうとしたのか、もっと心の奥深く秘められた意味があるのではないかと思えてきた。一つ例をあげるなら。夜明けが来たことを知ったときのミルタの悲しさに溢れた視線、それを静かに受け止めるジゼルの表情に、ウィリになってしまった女性たちも「誓い」に翻弄されて傷ついた心と深い悲しみを抱いて居るのではないかと。

 4月には、3組のキャストで上演される。ダーシー・バッセルとロベルト・ボッレのカップルが人気だとは思う。が、産休明けのジェイミー・タッパーの全幕復帰、またエドワード・ワトソンのアルブレヒト・デビューなどの話題も有り、こちらも注目を浴びることだろう。
 

 

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