船引怜美 Text by Remi Funabiki
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●ロイヤル・バレエ、「インスパイヤードゥ・バイ・アシュトン」

「アシュトン・セレブレーション」の特別企画、「インスパイヤードゥ・バイ・アシュトン」がロイヤル・オペラ・ハウスのリンブリー・スタジオ・シアターで上演されました。RB芸術監督モニカ・メイスンは、4人のコレオグラファーにアシュトンにちなんだ新作創作を依頼。今回は英国のコンテンポラリー・ダンスを代表するキム・ブランドストラップとウェイン・マックグレガーの他、元RBプリンシパルのアンソニー・ドウソン、カナダの若手コレオグラファー ピーター・クァンツという興味深い顔ぶれとなりました。

コンテンポラリー・ダンスでは珍しく物語的作品を特徴としているアーク・ダンス・カンパニーの芸術監督ブランドストラップは『トゥー・フットノーツ・トゥ・アシュトン』と題し、グレックとヘンデルのアリアを使用した2つの小作品を創作。1作品目のアリーナ・コジョカル&ヨハン・コボーによるデュエットは、『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』に見られるような恋愛の暖かさを感じさせる作品。無我夢中で気を惹こうと付きまとう少女を演じたアリーナの愛らしさとポアントの驚異的なコントロール、どんなに危ういオフ・バランスやスローなリフトをも可能にするコボーとアリーナのパートナーシップが非常に印象的でした。2作品目のゼナイダ・ヤノウスキーに振付けられたソロは、切なさ溢れる女性的な作品。長い手脚を活かしきったゼナイダのダイナミックなムーブメントからは激しい感情が見られましたが、音楽、ムーブメントそしてダンサーの感情すべてが完璧に融合されるには、もう少し時間が必要だった印象を受けました。

『トゥ・フットノーツ・トゥ・アシュトン』


『エングラム』
動きと脳神経の科学的分析を作品テーマに創作を続けているランダム・ダンス芸術監督のウェイン・マックグレガーは、アリーナ・コジョカル&フェデリコ・ボネリによるデュエット『エングラム』を発表。息つく間もなく繰り広げられたデュエットはブレーカーが落ちたように突然断ち切られ、暗闇にアシュトンにまつわる映像(アシュトン自身、アシュトンに影響を与えた人々、リハーサル映像など)が、猛スピードで映し出されるという作品構成はとても衝撃的でした。細胞内に記憶されると仮定される反応の痕跡を意味するエングラム、そのタイトルそのものの通り、アシュトンの思い出が走馬灯のようによみがえります。無脊椎動物のような柔軟性とスピードとエネルギーが溢れる動きを特徴とするマックグレガーの振付を、アリーナという並外れた身体能力(柔軟性・スピード感・強さ)を持つダンサーが踊ることによって、今まで人間の身体が可能とする動きの概念を覆したようなショックを受けました。それは初めてフォーサイスの『インザ・ミドゥル・サムホワット・エレヴェイティドゥ』を踊るシルヴィ・ギエムを観た時の衝撃と同じでした。

ドウソン振付『メメント』は、ドウソンがアシュトンの『ラプソディー』を初演した思い出から、同じ作曲家ラフマニノフの曲に振付けたピュア・クラシック作品。女性は白のチュチュに男性はタイツとシンプルなベルベットの上着という衣装、そして男女4組が一列に並んでまったく同じ振りを繰り広げるコーダはドウソン版「シンフォニー・イン・C」? という印象を受けました。振付的には自然な身体の流れに逆らうように組み込まれた超難度なステップの連続は、アシュトンと言うよりはヌレエフ作品のイメージが浮かび上がりました。アシュトン的エッセンスが感じられなかったことと、リハーサル不足と思われるダンサーの不安定さが非常に残念でした。

クァンツ振付『ファンタジー』は、アシュトン作品『田園の出来事』や『マルグリットとアルマン』からインスピレーションを得た悲劇的恋愛物語。追い求める女の裏切りに苦しむ男を描く『オネーギン』的ストーリーはあるものの、アシュトン作品のようなドラマ性が見られず、振付・構成的にも繰り返しが多く、特徴的なところが見られませんでした。しかし、主役を務めたヴァレリー・ヒストフの美しい身体のラインと、叙情性溢れる表現力は特筆すべきでしょう。


『メメント』

『ファンタジー』

公演の最後を飾ったのは、ウィリアム・タケット振付によるコミカルな『ミスター・ベアー・スクウォッシュ・ユー・オール・フラット』。RB創始時の音楽監督コンスタント・ランベール生誕100年記念として、タケットがランベールの曲を使用。「昔々ある森に〜」というナレーションから始まる児童劇的作品ですが、タケットのユモアセンスと作品全体の完成度としては最もアシュトンのスピリットを受け継いでいる作品のように思えました。最も印象的だったのは上記の『シンフォニック・ヴァリエーションズ』でセンセーショナルなデビューを飾ったスティーブン・マッカリー(猫)。目を見張る柔軟性とジャンプ力、そして劇場空間を一瞬にして彼のものにしてしまう強い存在感から限りない可能性が見られます。その他にも、誰か認識できなかったほど見事におばあちゃんハリネズミを演じたベリンダ・ハットレー、つけ歯をつけて信じ難いほどのコミカルな表情でロバを演じたゼナイダ・ヤノウスキー、傲慢極まりないミスター・ベアーを演じたクリストファー・サンダース、彼らが涙を流さずにはいられなかった感動的『エニグマ・ヴァリエーションズ』を演じた、とても同じダンサーとは思えないコメディエンヌ、コメディアンぶりには、真のアーティストとしての実力を再認識しました。


『ミスターベアース・クウォッシュ・ユー・オール・フラット』

新作を創り出していく過程はダンサーとコレオグラファーにとって最も刺激的なこと。アシュトン/マクミランなどのコレオグラファーと共に作品を創作することの出来ない今、現在のRBのダンサーが最も欲し、必要としていることはコレオグラファーと共に作品を創り上げていくチャンスと言われています。古典的作品の上演に重きをおくROHでの公演の他に、このような実験的な公演があることはダンサー、現代のコレオグラファーのみならず観客にとっても非常に貴重な機会と言えます。しかし、気になったのはダンサーの怪我によるキャスト変更とリハーサル不足。このような公演が今後多く企画されることは大いに期待されますが、ダンサーにかかる身体的負担と創作時間を十二分に考慮したスケジュール調整が必要な気がします。
(2005年6月15日〜18日、リンブリー・ストゥディオ・シアター)

 

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