船引怜美 Text by Remi Funabiki
※画像をクリックすると別ウィンドウで大きな写真が開きます。
> >

●マシュー・ボーン 『ハイランド・フリング』

昨年のクリスマス『Swan Lake』の再演で興奮と熱狂に包まれたサドラーズ・ウェルズ(SW)に、マシュー・ボーンが戻ってきました(3月1〜5日)。

1994年に初演された『ハイランド・フリング』はその後プログラムなどに載せられるマシューの経歴でいつもその作品名を見るものの、その作品自体を観ることはなかなか出来ませんでした。『Swan Lake』以前、『スピットファイヤー』/『くるみ割り人形』以降、マシューによる古典バレエ作品のコンテンポラリー化シリーズの原点に位置される『ハイランド・フリング』。そのベールに包まれた作品がついに再演となりました。

バレエ作品で最も歴史の長い『ラ・シルフィード』の現代版、舞台は1990年代のグラスゴー、主人公ジェイムスはドラッグに溺れる若者。基本的なストーリ展開は『ラ・シルフィード』とほぼ同じで、音楽もブルノンヴィル版のレーヴェンショルドの曲がアレンジされています。マシュー作品といえば、レズ・ブラザーストンとのコラボレーションが注目されます。今回の美術・衣装デザインも「さすが…」としか言いようのない独特の世界を作り上げています。レズの手がけるどの作品を観てもいつも感じることは「一瞬にして観客をその(作品で描かれている)空間にワープさせるマジックのようなデザイン」ということ。今回もまさに自分もグラスゴーのとあるカウンシルフラットに住んでいるような感覚を覚えました。マシューのモットーとするブリティッシュ・テイスト/文化の強調は、これ以上の成功例はないと思われるほどにレズのデザインにも現れています。どんなに小さな小道具(アイロン台、はたき、オートミールの箱など)にもブリティッシュであることが伝わってきます。すべてタータンチェックのセットや衣装は、ヴィヴィアン・ウェストウッドのテイストを連想させました。その見事なハイランド(スコットランドの高原地方)と言うテーマへの徹底追求が、マシューとレズのコラボレーションのすごさを物語っているのでしょう。

マシュー作品の中でも最も踊りの多い作品であると言われる通り、1幕のジェイムスとエフィーの結婚パーティーシーン、10人のダンサーのエネルギッシュな迫力はバランシンの『シンフォニー・イン・C』のフィナーレで味わう興奮のようなものがあります。このプロダクションに出演している11人のダンサーのダンストレーニングの確実さと表現力の高さが、観ている者に爽快感と満足感を覚えさせます。

「実は『ジゼル』を挑戦したかった」というマシュー自身のコメントから伝わるように、バレエ作品『ジゼル』の大きな影響が第2幕に見られます。さらに男女ともに同じ振りを同時に踊るブルノンヴィルの振付的特徴も強く反映されています。その他にもマスターピースと言われるバレエ作品からのインスピレーションなのでは?と思われるシーンもあり、モダン・ダンスまたは一部のコンテンポラリー・ダンスにしばし見られるバレエ完全否定傾向とは異なり、バレエがマシューに与えた大きな影響が見られました。

ロンドン公演初日のジェイムスを演じたジェイムス・リースの踊りは、男臭さを感じさせる力強さが特徴的、そしてシルフを演じたケリー・ビギンの妖精ではなく亡霊的な透明感と存在感、そして驚くほどのスタミナとジャンプが非常に印象的でした。

ロンドン公演では7公演中3公演のみジェイムスを演じたウィル・ケンプ。ウィルのジェイムスを求めてチケットを手に入れようとしても連日完売だったために、残念ながら彼のジェイムスを観ることは出来ませんでした。

『ハイランド・フリング』はマシューの初期作品の特徴でもあるように、コメディー並みのユーモアのある作品の一方、クライマックスでは一気に坂を転げ落ちるかのように悲劇へと一転します。その衝撃的な展開に自分の身体が凍りつくような感覚を覚え、涙が頬を伝っていることに気がつきました。

イギリスの新聞評では「『Swan Lake』へのプレパレーションだったのではないか?」という厳しい意見が見られます。その意見を完全に否定することは出来ません。しかし、それはあの『Swan Lake』を観た後だから言えることであり、重なり合うイメージは古典バレエ作品/バレエ・ブラン(白のバレエ)のマシュー独特のテイストという点から生じるものであると私は信じています。


(2005年3月1日、サドラーズ・ウェルズ)

●インペリアル・アイス・スターズ 『眠れる森の美女 オン・アイス』

23人の世界選手権、オリンピックなどのメダリスト・スケーターによって構成される、ロシアのインペリアル・アイス・スターズ『眠れる森の美女 オン・アイス』がサドラーズ・ウェルズ(SW)で上演されました(3月8日〜13日)。

振付はオリンピック・コーチのタチアナ・タラソワが担当、主演オーロラ姫には1998年長野オリンピック銅メダリストのマンディ・ヴォーツェルがゲスト出演しました。

この公演予定をSWのパンフレットで初めて知った際、アイススケート・ショーが劇場でどのように上演されるのか非常に興味深く思いました。まず、SWがどのようにしてアイススケート場に変わるのか? 実際14トンの氷がSWの舞台に張られ、上演中は劇場の外に設置された巨大な機械で常に氷の状態を保つための工夫がされていました。しかしスケートリンクとまったく異なるサイズの通常のプロセミアムアーチ空間で演技をすることは、ヴォーツェルが「アイスキューブの上で滑っている感覚」とコメントしているようにスケーターにとって非常に困難なものだそうです。

さらにチャイコフスキーの曲とプティパの振付があまりにも固定概念化されている中で、ローズ・アダジオ、3幕のパ・ド・ドゥウやブルーバードはどのようにアイススケート・ショーで振付、演出されるのかが非常に興味深い点でした。しかし考えてみれば、バレエとアイススケートでは動きが異なることは明らか。スケートにはアダジオ系の曲は理想的ではないためか、それらの曲は一切使われませんでした。

演出として特徴的だったのはオーロラ姫よりもカラボス(マリア・ボロヴィコワ)が中心人物的存在であったこと。作品の約半分がカラボスのシーンという特別な演出は、サーカスのような宙吊りなどもありディズニーランドのショーを見ているようなスペクタクル性に溢れました。その他にも典令長カタブラット(アントン・クリコフ)のアクロバティックな演技とテクニック、リラの精(オルガ・シャロウテンコ)が第2幕ではスケート靴を脱ぎポアントで踊るなど、通常のフィギュアースケートや典型的な『眠れる森の美女』では決して味わうことの出来ない意外性が印象的でした。

私の個人的な意見として、録音された音楽の質の悪さとショー用に編集された音楽の不自然さ(繰り返しの多さや他のバレエ作品の象徴的音楽が再使用されていること(例:『オネーギン』に使われている幻想曲『フランチェスカ・ダ・リミニ』作品32)が非常に気になってしまいましたが、バレエの公演を鑑賞するのとはまったく別の楽しみ方が出来る舞台でした。



(2005年3月10日、サドラーズ・ウェルズ・シアター)

 

Copyright チャコット株式会社 All Rights Reserved.  
当サイトに掲載されている情報の無断転載、無断掲載、無断引用 はお断り致します。