ニコラ演ずるロミオは非常に心優しく、純真、子供っぽさ溢れるキャラクター。マキューシオ/ジュリエットの死にただ逆上して剣を取り、ティボルト/パリスを殺すのではなく、目の前に横たわるマキューシオ/ジュリエットの姿を信じることが出来ず、取り乱し…という非常に複雑な心理変化を完璧に表現していました。どんな小さなムーブメントからもニコラ演ずるロミオの優しさ、繊細さは見て取ることが出来ます。新聞各紙でもニコラの演技力の高さは絶賛されています。以前からの怪我の状態が心配されましたが、柔軟性のある跳躍、彼のロミオ像を的確の表現するエネルギーと喜びに溢れるムーブメントは(怪我という事実を心配せずにはいられない箇所はありましたが)完全な復帰を予感させてくれました。
シルヴィとニコラのパートナリングは会話そのものです。通常よりもかなりゆっくりとしたオーケストラの演奏には、二人の感情表現の深さ、二人が創り上げたロミオとジュリエットのキャラクター、パーソナリティーが映し出されています。ストーリーから直接的に連想される、“初恋”、“喜び”、“悲しみ”という単純な感情ではなく、それぞれの生まれ育ってきた貴族社会の環境と、理性的にコントロールすることのできない恋愛感情の間に生じる複雑な心理が描写されています。精神と身体が完璧にバランスのとれたムーブメントやリフトは、彫刻のように美しく、観客の心に焼きつきました。バレエ『ロミオとジュリエット』を観ているのではなく、目前で起きている現実の話のように鮮明な舞台に観客は引き込まれていきました。第3者的に鑑賞するのではなく、その世界に入り込んですべてを肌で体験するような舞台でした。
ゼナイダ・ヤノフスキーの街の女、リカルド・セルベラのマキューシオ、ジョナサン・ハウエルのベンヴォリオ、ウィリアム・タケットのティボルト、彼らそれぞれのキャラクターも完璧にムーブメントに映し出されていました。役を演じているダンサーではなく、マクミランの演出を超越して彼らしか演ずることの出来ないキャラクターが舞台に存在していました。テクニカルな面で何も問題がないことは言うまでもありません。テクニックなどという観点を超越して、ダンサー一人一人の表現が『ロミオとジュリエット』特別なものにしました。
「シルヴィのジュリエットを観ることが出来るのはこれが最後だったのではないか?」と、各紙では囁かれています。シルヴィ本人またはロイヤル・バレエの正式な発表に基づくものではないために、単なる噂には過ぎません。しかし、裏付けられる点(シルヴィの年齢的問題、上演スケジュールの問題)もいくつかあるだけに、ただひたすら、「これは、最後ではなかった」と信じる思いは皆同じです。
その他には、6人のジュリエットの友人の中で、ひときわしなやかなアームス、美しいアラベスクのライン、上品さ溢れるムーブメントが印象的だった小林ひかるの今後の活躍が大変期待されます。 |

『ロミオとジュリエット』
イザベル・マックミーカン
(町の女)

『ロミオとジュリエット』
ベネット・ガーティサイド
(ヴェローナの太守エスカラス)

『ロミオとジュリエット』
仮面舞踏会
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