関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
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今年の夏は、様々のガラ・コンサートが開催されて、熱のこもった舞台が繰り広げられ、東京の夏は一段と暑かったです。そして今は、涼秋というのでしょうか、虫の聲も一際、鳴り急いでいるように聞こえています。さあ、秋はまた、新シーズンの幕が開きます。

『エトワール達の花束』アレッサンドラ・フェリ引退記念公演 with ボッレ

アレッサンドラ・フェリは、イタリアの説話を素材とした悲恋のヒロイン、ジュリエットを、時代を越えて彼女の血の中に蘇らせて踊った。踊ることは生きることだから、フェリの踊りとジュリエットの生の軌跡はピッタリと重なり合った。
 フェリは、「これから私がジュリエットやマノン、カルメンなどに扮して踊ることで、彼女たちに失礼になることのないように」舞台を下りることを決めた、と語る。すると、彼女の生の軌跡をともに観てきた観客は、やはり引退を納得しなければならない。そして20世紀のバレエのひとつの軌跡は見事に完結した。

 Aプログラムの幕開けは、パロマ・ヘレーラとホセ・カレーニョの『海賊』。名花の引退記念公演にしては、思ったよりも静かにガラ・コンサートは始まった。ともにアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のスター・ダンサーとして踊り、舞台を担ったきたペアらしい落ち着いた雰囲気の舞台であった。
 次は早くも主役のフェリが、ロベルト・ボッレと『ロミオとジュリエット』を踊った。フェリのジュリエットが一世を風靡した、マクミラン&プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』バルコニーのパ・ド・ドゥである。アポロンにも喩えられる逞しいボッレの胸に、ジュリエットのピュアな愛が注がれる。引退を決意したことによって、心がいっそうクリアになったのか、フェリの踊りはじつに爽やかで愛の純粋な動きに見える。
 シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドラ・リアブコのハンブルク・バレエ組は、ノイマイヤー&マーラーの『交響曲第3番』。ABTのジュリー・ケントとマルセル・ゴメスの『白鳥の湖』第2幕のパ・ド・ドゥ。シュツットガルト・バレエ団のプリンシパル、アリシア・アマトリアンは、現在はフリーだがかつてシュツットガルトのプリンシパルだったロバート・テューズリーとフォーサイスの『ヘルマン・シュメルマン』。日本でも馴染みのある古典やネオクラシック作品が続いて上演された。
 次に登場したのが、イタリア出身のモニカ・ペレーゴとボッレが踊った『エクセルシオール』。これは19世紀に流行した巨大な仕掛けや本物の動物などを舞台に登場させる、<スペクタクル・バレエ>を蘇演したものの一部である。文明を象徴するように、レッドクロスを胸に付けたペレーゴとボッレの身体を強調したシーンだが、軽やかにリズミカルに踊られた。
 そして第1部のとりは、フェリがマルセロ・ゴメスと踊るラー・ルボヴィッチ振付の『オセロ』だった。ルボヴィッチの振付ということから、整えられた美しさを予想していたが、じつに豪快な激しい動きのパ・ド・ドゥ。1幕、2幕の抑えてきた情念を思い切って表現するシーンなのだろうか。フェリは、激しい動きの中に刻一刻と迫ってくる恐怖を表し、ゴメスは鬼気迫る迫力を見せた。
『ロミオとジュリエット』
フェリ、ボッレ
『オセロ』
フェリ、ゴメス


 第2部はフェリ、ボッレの『ジゼル』第2幕のパ・ド・ドゥから。ロマンティック・バレエを踊るフェリには、数限りない讃辞が寄せられてきた。彼女はウィリを踊っても、透明な生命の息遣いを感じさせるバレリーナだからである。
 一転してラテン風のリズムに乗せて、アマトリアンとテューズリーはシュツットガルト・バレエ団のローラン・ダレシオ振付の『太陽が降り注ぐ雪のように』を踊った。大きく伸縮するシャツを引っ張ったり、中に潜り込んだり、同調したり、離れたりと自由自在にコミカルな動きを構成した作品だった。
 ケントとゴメスは、ジェームス・クデルカ振付『シンデレラ』の舞踏会のパ・ド・ドゥ。カナダ国立バレエ団の芸術監督を務め、グランド・バレエを創る才能に恵まれたクデルカの傑作のひとつである。重厚で豪華な雰囲気の中で、格調高い振付が堂々と踊られる。古典の素晴らしさの中に、現代的なモティーフを展開する作品である。 ノイマイヤー振付『ハムレット』をアッツオー二とリアブコが踊る。オフィリアとハムレットの別れのパ・ド・ドゥである。ノイマイヤー流の演劇的設定となっていて、ハムレットが旅行鞄を抱えて旅立っていく。リズミカルで軽快な曲でコミカルな動きにも感じられるが、運命的な悲哀を漂わせるなかなか味わい深いシーンが描かれている。
 バランシン&ガーシュウィンの『フー・ケアーズ?』はヘレーラとカレーニョ。アメリカのバレエを踊るペアは息もぴったり合って見事だった。カレーニョのスローなピルエットがガーシュウィンの曲想を捉え、ヘレーラは動きの細部まで活き活きとしていた。
 大とりは、フェリとボッレの『マノン』沼地のパ・ド・ドゥ(マクミラン&マスネ)だった。愛の終末に見せたボッレの深い悔恨とフェリの純粋な愛の形が感動を呼び、幕は下ろされた。
 フェリは、ジュリエットでは清らかな少女の愛、ジゼルでは優しく悲運をいとおしむ愛、そしてマノンを演じては混沌の果てに昇華された純粋な愛、と女性のすべての愛の生態を描き踊った。
 フェリのいない21世紀のバレエが、どのような花を咲かせ、いかなる実を実らせるのか、未だその兆しが明らかに見えているわけではない。

『シンデレラ』
ケント、ゴメス
『マノン』沼地のパ・ド・ドゥ
フェリ、ボッレ
(東京文化会館)

牧阿佐美バレヱ団が『ア ビアント』を改訂新制作により再演

2幕4場「白い部屋」
吉岡まな美、ロバート・テューズリー、
田中祐子
 昨年3月、高円宮殿下追悼のために初演された『ア ビアント』が、演出、展開、音楽などに改訂を施し、会場を新国立劇場 オペラ劇場に移し、指揮に大友直人、演奏に新日本フィルハーモニー交響楽団を迎えて再演された。
 このバレエは、著名な日本人が主要なスタッフを務め、久しぶりのオリジナル全幕バレエの新作として世に問われた舞台である。
 原作は小説家の島田雅彦が、現世の愛を悠久の時間の中に描いたもの。主人公のリヤム(ロバート・テューズリー)とカナヤ(田中祐子)の愛と死のドラマが、現世と冥界、森や砂漠、荒廃した都市などを巡って展開され、ついにはひとつの魂が帰結に至る、という物語である。ここでは、自然と人間の魂の調和に対して、人間の利己的な攻撃性や社会的結びつきの荒廃が批判されている。

 美術のルイザ・スピナテッリによる紗幕が幻想的でじつに美しい。三枝成彰の音楽は変化に富んで叙情性豊かである。牧阿佐美、ドミニク・ウォルシュ、三谷恭三が分担して創った振付は、統一性があり、悠久の時を漂う愛の姿を活き活きと浮き彫りにした。
 とりわけ、カナヤ、リヤムに冥界の女王がからむ、終盤のダンスは良かった。テューズリーは哀しみのこもったしかし力強い踊り、田中祐子も情感あふれる踊りだった。冥界の女王に扮した吉岡まな美は独特の存在感を見せた。
2幕4場「白い部屋」
田中祐子、ロバート・テューズリー
 初演のオリジナルキャストが、一段と動きの質を高めていたのには感心した。
 しかし、やはりこれだけの壮大な物語をバレエで描くことを、一朝一夕に完成するのはなかなか困難だと思われる。どうしても物語の状況を説明するためだけのシーンが必要となり、観客との緊張関係が解けてしまうこと、あるいはまた、象徴としての趣旨をどのように観客に伝えるか、などなど気になる点もあった。さらに改訂を重ねてより高度な舞台を完成してもらいたいと思う。
(8月25日、新国立劇場 オペラ劇場)
 

 

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