関 口 紘一 text by Mieko Sasaki
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松山バレエ団『ロミオとジュリエット』

 神奈川国際芸術フェスティバルの一環として、松山バレエ団の『ロミオとジュリエット』が上演された。
 ジュリエットが森下洋子、ロミオは清水哲太郎。マキューシオに鈴木正彦、ティボルトは橋本達八、ベンボーリオは石井瑠威というキャストだった。
 清水哲太郎の演出は、シーンを比較的細かく割り、ロミオとジュリエットの運命の行き違いをテンポよく描いている。セットもめまぐるしく換わり、段取りだけでもかなり緊張を強いられる舞台だろう。群衆シーンも次々と挿入されていくが、舞台の進行や配置はじつによくコントロールされている。当然といえば当然であるが、やはり感心させられるものがる。
森下洋子、清水哲太郎
 森下洋子のジュリエットのダンスは、プロコフィエフの哀しいメロディと調和してじつに美しい。表現とメロディが見事にシンクロして、観客を魅了し尽くしている。
 修道士ロレンスがロミオに出した「ジュリエットは仮死になるが、やがて必ず蘇る」という知らせが、運命のいたずらからロミオに届かなかった。そのためにこの悲劇が生まれた。
 このシーンは他のヴァージョンではほとんど描かれることはない。しかし、このシーンを描くことによって、ラストのロミオとジュリエットの死が、キャピュレット家とモンタギュー家の無意味な激しい対立によってもたらされた、というテーマをうまく浮かび上がらせたのである。
(5月19日、神奈川県民ホール)


Noism07が金森穣の新作『Play 2 Play ----干渉する次元』を上演

 Noismはプロフェッショナルなダンスグループを目指して創設して以来、3年間で7つの舞台を制作してきたし、今年の初めには、初の海外公演も行った。
 今回の公演は、それらの舞台で金森と共に仕事をした、『SHIKAKU』の空間を担当した田根剛、『NINA---物質化する生け贄』の音楽を創ったトン・タッ・アン、「能楽堂公演」の衣裳の三原康裕を招いてコラボレーションした作品である。
 舞台を挟んで前後に客席を設置している。つまり舞台の奥にまた観客席があるという劇場空間である。さらに、舞台上には9つに折れ山のある半透明の大きな屏風のようなオブジェが置かれ、パフォーマンスを前後に区切っている。
 簡単にいうと、半透明の大きな屏風を中央にして、前と後ろの観客が異なったダンスを観ていることになる。むろん、それは固定されていない。ダンサーは自由に前後入れ替わるし、屏風自体も折れ山ごとに解体されキャスターを使って移動できる。さらにさらに、半透明の屏風の面は、照明の当て方によって、奥のパフォーマンスが見えたりあるいは幻想的な雰囲気を醸したり、ミラーとなって踊るダンサーをくっきり映したり、と自在に変化するのである。
 私は通常の観客席から観たのだが、ミラーになっていない時は、ダンサーのみならず反対側の観客席まで見える。すると、本番のダンスは屏風の向こう側で行われていて、こちら側から見えているのは、楽屋というかダンサーのプライヴェートな空間のようにすら感じられるのである。反対側の観客席で観ていると逆側から同じ様な印象を受けるだろう。
 ダンスを舞台で踊る、ということを何重にもだぶらせたり、踊っているダンサー自身と対面させたりしながら、パートナーのいないパ・ド・ドゥを繰り返したり、動きとヴィジョンが輻輳して、じつに美しい幻想的な舞台が創られた。
 素晴らしい空間構成だったが、ピアノやパーカッションを多用した音楽も素敵だったし、衣裳も2種類だと聞いたが、実際の舞台では4種類以上にも見える凝ったものであった。
 比較的ゆっくりした動きが多かったが、カンパニーとして活動していなければ決して創り得ない、レベルの高い表現能力豊かなものであった。美しいフィナーレからは、かつて金森が学んだベジャール作品のような鮮烈さが感じられた。
(5月9日、THEATRE 1010)


H・アール・カオスの新作『Drop Dead Chaos』

 二期会のオペラ『ダフネ』の演出で、十分に実力のほどを示した大島早紀子の新作『Drop Dead Chaos』。
 ダンスはもちろん白河直子、そして今回はミュージカルやジャズ・ダンスでカリスマ的な存在の男性ダンサー新上裕也、ヒップホップやストリートなどのフリースタイル・ダンスで人気を集める群青、さらに木戸、小林、斉木、長内、横山らの5人の女性ダンサーが参加した。
「いつの間にか時間も空間も編集されている私たち」の身体は、「現実自身が仮想現実に陥り、夢の世界との境界が朧気になりつつある」今日、統一性を喪失してしまった。そうした状況の中で存在そのものを問う、という大島の認識が、じつに美しい舞台を構成した。
 
 大きな三角形のプレートと杭が穿たれているような床の幾何学的な相似形、網の目ように張り巡らされた背景の巨大な壁。舞台の高低を充分に生かした緻密な配置、冴えた美意識が際立つ空間構成である。
 宙づりの女性ダンサーが二人、白河のシャープなソロからダンスが始まった。裕也が登場し、白河とからむ。白河の切り裂くようなダンスと裕也の包み込むような動きがコントラストをみせる。
 群青の動きも鮮やか。裕也とのデュオ、白河も加わったトリオ、コール・ドとも息の合ったダンスを見せた。
 何もかも確証を失った世界、宙空のクモの巣にひっかかているような存在の実感の中でもがくダンサーたち。水の中に浮かんでいるのか、虚空をさすらうような彼らの身体が、また、じつに美しくみえるのは不思議なことである。
 天空から幽かな光りが射している中で、コアを踊った白河、裕也、群青、そしてコール・ドの女性ダンサーたちが、見事なバランスを保って、この隙なく構成された作品全体を支えているのである。
 

(5月25日、世田谷パブリックシアター)

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