山田うんとベルギーの篠崎由紀子の『ひび』

山田うん×篠崎由紀子
「ひび」 |
東京を中心に活動している山田うんと、ブリュッセルでdeepblueというグループを作って活動している篠崎由紀子のデュエット公演。
「国籍も年齢も身長も、そして振付家・ダンサーという肩書きも」同じ二人が舞台に登場し、まず、ダンサー同士の距離というか間合いの見切りをじっくりと見せる。二人はほとんど動かず、ほんのわずかな動きがあったり無かったりして、やがて二人の隙間にくびれが生まれ、次第に動きが高まっていく。
日常的な状態の裂け目から生まれる動きに着目して、非日常的な動きを構成したダンスを創る試みである。<ひび>から生れた動きは、普通ではない奇妙なものとなって迸り出て高まっていくが、やがて収束するものでもあるのだろう。
素の舞台に、雨の降る音が強まったり弱まったりして続く中で踊られた。動きそのものをかなり厳しく追究する姿勢には共感がもてた。ただ、以前のうんのダンスには自分自身と向き合う可愛らしさがあったと思うのだが、さらに高度なダンスを目指した作品というべきなのであろう。
2月には、ゲント、ブリュッセル、ルーヴェンなどのベルギー公演が予定されている。 |

山田うん×篠崎由紀子
「ひび」 |

山田うん×篠崎由紀子
「ひび」 |
松崎すみ子バレエ公演は泉鏡花の『夜叉が池』
| 松崎すみ子が下村由理恵と黄凱を起用して、泉鏡花原作の『夜叉が池』の舞台を創った。物語は、雨乞いの生贄にされた娘が、夜叉が池の主となり、千蛇池の若君に恋して後を追おうとするが、鐘の封印を解けずに果たせない。しかし、村人たちが新たな雨乞いの生贄を選ぶために封印が解かれ、恋の想いを噴き出すような大洪水が起きる、というもの。 |
 |
着物を巧みにあしらった衣裳と水草のセットで、幻想的な雰囲気がうまくでていた。池のものたちと村のものたちをよく動かして全体のリズムを作り、ソリストの演技を際立たせる。
千蛇池の若君に扮した黄凱は、すっきりと爽やか。能見健志の万年姥も白塗りが似合って感じがでていた。下村由理恵は、着物の裾を翻し、舞うように踊って魅力的だったし、黄凱とのパ・ド・ドゥが見事。舞台全体にメリハリを付けた。
冒頭の白雪が水面からゆっくりと降りてくるシーンや、大洪水が襲うラストシーンの演出は鮮やかだった。(1月18日、東京芸術劇場)
横浜ダンスコレクションR受賞者公演
2006年に横浜ダンスコレクションのソロ+デュオ・コンペティション受賞者の作品が上演された。
川口ゆいは、妻殺しで絞首刑になった男と殺された妻の情報の残滓から「黒猫」の幻が生まれる、という設定のソロ。主を失しなった情報がモニターに漂うといったような今日的な状況と、黒猫の幻といったイメージは作者の中では、じつはあまりギャップが無いのかもしれない。私は、デジタルな解析性とアナログな神秘的存在に感じてしまうのだが、CGなどを見慣れた世代のヴィジュアル感覚はまた異なっていると思う。
文学的なテーマを動きに還元しようとしているのだろうか、それとも動きを追究する中から生まれたテーマなのだろうか。川口ゆいが魅力的なダンサーであることは間違いないが、そんな質問を発してみたくなった。
|

「REM - The Black Cat」 |
浜口彩子は『無敵』を上演した。3人の女性ダンサーを使って独特の緊張感が張り詰めた舞台だった。振付は、一種ニューロティックな動きで全編を通している。
常に何かに脅えていて、呼吸さえままならない状況下のダンスである。見えざるプレッシャー。どこかイジメにおびえる子どもたちの心の有り様を想起させた。
ほとんど身体のパーツを使った動きと倒れ込みで構成されていて、大きなステップと上体の動きの組み合せは少なかった。それがコンテンポラリーな印象を与えるのである。
|

「無敵」 |
杏奈は『B's 〜ワタシダッテアイサレタイ〜』。
頭から黒い衣裳で全身を覆った5人の女性ダンサーが、舞台奥から等間隔で並び、同じ動きをしながら手前に進んでくる。次第に動きがばらつき、それぞれのダンサーが衣裳を脱ぐと、真紅のトップと黒いショートパンツ。そして、様々な動きの組み合せが、フルスピードで展開する。
なかなか見応えのある動きの構成で、ダンサーたちのリズムも揃っていた。見せる上でのおもしろさは充分だが、それ以上の訴えかけてくるものも感じてみたかったのだが、やはりいろいろな制約の中では難しいのかもしれない。(1月20日、ランドマークホール) |

「B's 〜ワタシダッテアイサレタイ〜」 |
|