東京バレエ団が『ドナウの娘』を日本初演
ロマンテッィク・バレエ復元のスペシャリスト、ピエール・ラコットが手掛けた『ドナウの娘』が、東京バレエ団により日本初演された。『ラ・シルフィード』同様、19世紀の伝説の舞姫マリ・タリオーニのために、父フィリッポ・タリオーニが振付けた作品で、ラコットが1978年に復元・改訂したもの。ドナウの川辺で発見された娘フルール・デ・シャン(「野の花」の意味)と男爵の従者ルドルフの愛を描いた二幕の作品だが、現実世界とドナウの川底という幻想の世界を行き交い、水の精が登場する展開は、ロマンティック・バレエそのもの。娘は、はからずも男爵の花嫁に選ばれ、自分との仲を告白したルドルフが捕らえられたため、絶望してドナウ川に身を投げる。後を追ったルドルフは、水の精の中から恋人を探し当て、ドナウの女王により、二人で地上に戻ることを許されて幕となる。これを彩るのが、全編に散りばめられた、様々な技を駆使した多彩な踊りである。
フルール・デ・シャン(斎藤友佳理)の家の前に、高いジャンプで跳び込んできたルドルフ(木村和夫)が軽やかな跳躍で恋心を伝え、斎藤と組んで踊り、養母とやりとりする和やかな導入部は、『ジゼル』を思わせた。ここでの斎藤は繊細なつま先の動きを際立たせたが、男爵の花嫁選びの場では、わざと脚を引きずり、ヨタヨタ歩く姿で笑わせた。木村は、悲しみで気が触れ、男爵に歯向かう所では、形相を変えた迫真の演技を見せ、夢の中の斎藤とのデュオではしっとりとした情感を醸し出す。川底の場では、斎藤のたおやかな身のこなしと、木村の律動的なアントルシャが優しいハーモニーを奏でた。 |
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花嫁選びの場で、男爵役の大嶋正樹は切れ味の良い跳躍を披露し、花嫁候補の村娘たちも、異なる技が盛り込まれたソロをきれいにこなした。ドナウの女王の井脇幸江は、派手な見せ場はないものの、慈愛にみちた温かさで舞台を包んだ。水の精たちの群舞も、透明感のある詩情をたたえて幻想的だった。なお、斎藤と木村が長いベールを引きずりながら川面に昇る幕切れだが、あの宙吊りの演出を変えて欲しいと思ったのは、私だけだろうか。
なお、斎藤と木村が宙吊りにされ、長いベールを引きずって川面に昇る幕切れは、ロマンティック・バレエにふさわしいとは思うが、なぜか違和感を覚えてしまったのである。
(11月18日、東京文化会館) |
バレエ・シャンブルウエストが新作『ブランカ』を初演
創作バレエにも意欲的なバレエ・シャンブルウエストが、芸術監督、今村博明と川口ゆり子による新作『ブランカ』を発表した。これは、二人の舞踊生活50周年を記念する作品でもあった。タイトルはスペイン語で「白」の意味で、氷と雪に閉ざされる北の国が舞台。女王の求婚者は女王の“氷のキス”を受けることが条件だが、女王を愛する白い亡霊の魔法のため、皆、キスで命を落としている。隣国の王子が、王子を慕う清らかな侍女の犠牲によりキスに耐え、魔力を解くが、この展開はプッチーニの歌劇『トゥーランドット』を下敷きにしたように思える。こちらの音楽はドビュッシーの作品で構成されていた。
冒頭で、雪や霧の風景を暗示させる紗幕越しに、雪の宮殿を思わせる白い世界を表出し、女王(川口)に白い亡霊(佐藤崇有貴)が魔法をかける様を幻想的に描写し、物語の背景を伝えた。舞台は一転して城の外の広場となり、村人たちが活気に満ちた踊りを展開した。南の王子(井上欧輔)の求愛と悲劇的な結果、これに続く隣国の王子(今村)の挑戦と、スピーディーな筋運びである。今村が、氷のキスに臨む前に踊ったソロは、燃えるような思いに死への恐怖を滲ませて説得力があった。川口は、感情を凍てつかせたような冷厳とした佇まいで存在感を示し、魔力から解放された後の今村とのデュオでは、なよやかな体の動きで喜びを伝えた。また侍女を演じた吉本真由美が秀逸で、王子を諌めようとして全身ですがり、自身の血を付けた鏡の破片を手渡して息絶える様は、哀れを誘った。
二幕構成で、よどみなく組み立てられており、ソロや群舞には役柄に応じた工夫がみられた。ただ、第2幕でキスの儀式の前に挿入された村人たちの踊りは、それが成功を祈るものだとしても、劇的高揚を停滞させたように感じられた。音楽はドラマに合致した部分もあれば、弛緩させたような所もあり、選曲の難しさを思わせが、これは、オーケストラの色彩感が今一つだったせいもあるだろう。
(11月11日、ゆうぽうと簡易保険ホール)
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