日々、空気の秋色が濃くなっていくのが感じられる季節です。実りの秋。1週間毎に、新しい旬の味が店頭に並んでいきます。舞台でももちろん、新しい旬のダンスをたっぷりと味わいたいものです。
K-BALLETの『ラプソディ』『セレナーデ』『若者と死』
吉田都の移籍が決り、ますます発展する熊川哲也が率いるK-BALLET COMPANYの「サマー・トリプル・ビル」公演が行われた。<20世紀三大振付家、夢のプログラム>と謳われた演目は、フレデリック・アシュトン/セルゲイ・ラフマニノフ『ラプソディ』、ジョージ・バランシン/ピヨトール・チャイコフスキー『セレナーデ』、ロ−ラン・プティ/J.S.バッハ『若者と死』である。
『ラプソディ』は英国ロイヤル・バレエ団のファーストソリスト佐々木陽平がゲスト出演し、荒井祐子と主役を踊った。佐々木は昨年、ロイヤル・オペラハウスで吉田都とこの作品のパ・ド・ドゥを踊っている。荒井は華麗に、佐々木は軽々と難しいステップを見せた。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で踊った経験が生かされているのだろうか、ほかのダンサーたちも自信を持って踊っていた。
『ラプソディ』は良く知られるように、1980年にエリザベス皇太后の80歳の誕生日を祝うガラ公演で初演された。踊ったのはミハイル・バリシニコフとレスリー・コリア。衣裳と装置は、バレエ・ランベールやヴィック・ウエルズ・バレエでダンサーとして活躍し、アシュトンの『ファサード』やド・ヴァロワの『チェックメイト』などの初演を踊り、デザイナーとしてもアシュトン作品の『スケートをする人々』なども手掛けたウィリアム・チャペルだった。この時の装置は、背景に円柱をあしらったもので、バリシニコフの衣裳ももっと装飾の多いものだったようだ。
1995年、パトリック・コーンフィールドが装置、衣裳ともにデザインし直して今回上演されたものになった。ちなみに、この95年の英国ロイヤル・オペラハウスの『ラプソディ』の再演は、当時ロイヤル・バレエのプリンシパルだった熊川哲也がヴィヴィアナ・デュランテと踊った重要な舞台である。
コーンフィールドのデザインは、モダニズムの感覚を生かして、じつに色彩感覚が豊かで格調高い舞台を創っている。その美術や衣裳の<シックな原色>とでも呼びたいような色彩が、ラフマニノフ&パガニーニの曲が描く色調とダンサーの高度なステップのラインに映って、喩えようもない美しさを醸し出す。
アシュトンの凝ったダンスを観た後に、今度はバランシンの『セレナーデ』の軽快なステップに圧倒される。素の舞台にブルーの照明、長いチュチュを着たバレリーナを中心に自由自在、流れるようなフォーメーションが展開する。音楽は振付家自身が作曲したのではないか、と思われるほど、曲とダンスが一体化して感じられる。ダンサーたちが口を揃えて「踊っていて楽しい」という、バランシンの天才が輝く振付作品である。
そして、プティ/バッハ/熊川による『若者と死』。ウィーン国立歌劇場バレエからベルリン国立バレエ団に移籍したばかりの中村祥子をゲストに迎えた舞台である。熊川が踊る若者は、都会的だが生きることへの焦燥感に駆られて狂熱的である。鋭い集中力が描く完璧な動き、またたくうちに、舞台の空間をバレエダンサー熊川哲也の存在感で満たす。生と死が一瞬のうちに入れ替わる、スリリングなダンスであった。
中村は、プティ作品を踊るのは初めてとはとても思えないほど、堂々と美しく「死」を踊った。
(8月9日、文京シビックホール) |
「若者と死」 |
哀しきゴシック・ロマン『エドワード・シザーハンズ』
天才発明家によって造られたのだが、未完成のままこの世に存在してしまった少年。ハサミを手にもつ孤独なエドワードのゴシック風に塗りこめられた物語である。
空気のように誰にでも備わっている手が、もしも鋭いハサミだったら! 親しさを示し、愛を訴えると、たちまち善意に満ちた相手を傷つけてしまう。愛そうと愛されようと努めれば努めるほどハサミは、さらに自分自身の心を次々と容赦なく突き刺す。
郊外のごく普通の家庭、ボッグズ家のキムを愛したエドワード・シザーハンズ。彼は得意技のスピード剪定で、様々な空想の動物たちを描き、キムを庭に誘う。この素晴らしいファンタスティックなプレゼントの中で、キムとエドワードは踊る。エドワードの夢は広がり、彼の手からハサミが消える。ああ、人間として踊ることはなんと素敵なことなのか!
しかしクリスマス・パーティでは、エドワードは酒を飲まされ酔っぱらい、人を傷つける。そして仲間から徹底的にパッシングされる。キムがエドワードを愛し始めているのに気づいた彼女の恋人が、さらに虐める。エドワードはみんなから追い立てられ、詰めよられて万事休す。ついに彼は一丁のハサミに戻ってしまった。哀しきハサミ。そして、そのハサミに頬ずりするのは、今はもう老いたこの物語の語り手、キムおばあさんだった。
すると舞台にエドワード・シザーハンズが現れ、舞台に客席に、さんさんと雪が舞い乱れる。雪は彼が万感の想いを込めて切り刻んだ木々の葉の粉、ファンタジーを創造したカンナくずである。愛すれば愛するほど自分と相手を傷つけてしまう、非在の証明でしか愛することができなかったシザーハンズの涙の結晶である。
観客はこの見事なエピローグに酔い、ほぼ全員がスタンディングオベーションで、この物語に共感したことを強く表した。
ティム・バートンの映画のオリジナル・ストーリーに基づいて、マシュー・ボーンが演出・振付けた舞台。音楽のテリー・ディヴィス、美術のレズ・ブラザーストーンなど、いつものマシュー・ボーン一家のスタッフが参加している。B級映画のゴシック調と60年代風のホームドラマを、上手く融合させた、マシュー・ボーンの才気が鮮やかなエンタテインメントである。
(8月17日、ゆうぽうと簡易保険ホール)
スターダンサーズ・バレエ団のピーター・ライト版『くるみ割り人形』
ピーター・ライトの演出・振付はじつにシンプル。理屈っぽさをまったく感じさせない、ごく自然な展開で物語を進めている。
クララがクリスマス・イブに見た夢を描いている。クララの母は元バレリーナで、彼女も将来はバレリーナになって舞台で踊ることに憧れている。
子どもたちにとって一年で最も待ち望んだ日、クリスマス・イブ。楽しい楽しいパーティが開かれ、魔術師のドロッセルマイヤーがつぎつぎと不思議な魔法を見せる。クララは奇妙なくるみ割り人形をプレゼントされて大喜び。やがてパーティもお開きとなり、子どもたちも眠りに就く。
クララはくるみ割り人形が登場する夢を見る。夢を支配しているのはドロッセルマイヤーだった。突如、クリスマスツリーが巨大化し、ネズミの王様の軍隊とくるみ割り人形が指揮するおもちゃの兵隊の大戦争が繰り広げられる。戦いの中で倒れたくるみ割り人形は、クララの優しさにより美しい王子に変身。そしてクララは王子に導かれて雪の国に行って、雪の精と風たちの踊りを見る。さらに不思議な夢の場所で、クララは様々な踊りを見て楽しみ、ついには金平糖の精に変身して、王子と豪華で素晴らしいダンスを踊る・・・。 |
 |
 |
ナイーブな少女の憧憬が映し出された夢が、シンプルに物語と音楽とダンスが無理なく一体化して描かれているのである。
吉田都/フェデリコ・ボネッリ、佐久間奈緒/菅野英男、福島昌美/福原大介というトリプルキャストが組まれていたが、佐久間と菅野のペアを観た。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団プリンシパルの佐久間は、落ち着いて正確でシャープな踊り、若々しい魅力が溢れ出る舞台だった。ウクライナのキエフ・バレエ団のプリンシパルである菅野は、やや小柄だがすっきりとして洗練された踊りで見ていて気持がいい。なかなか素敵な好感のもてるカップルだった。
(8月5日、新国立劇場 オペラ劇場) |
|