●ルジマトフ、ザハロワとレニングラード国立バレエ
恒例のレニングラード国立バレエ団の冬の公演では、スヴェトラーナ・ザハロワとイーゴリ・ゼレンスキーがゲスト出演した『白鳥の湖』を観た。
やはりザハロワは素晴らしい。登場しただけで白鳥の女王であることを身体で観客に納得させてしまう。長い手足が理想的なバランスを見せるからである。コール・ドを従えゼレンスキーのジークフリートと踊った第2幕のラインは、比類なく美しい。黒鳥は、オデットに比べると少し表情の変化に乏しかった。ゼレンスキーとのコンビネーションもややぎこちなさを感じさせる部分が瞬時だが見うけられた。舞踊史上からみても優れたプロポーションをもつザハロワは、ぜひともアンナ・パヴロワの優雅さと万人に愛される人間性をマスターしてもらいたいものである。
改訂・演出のニコライ・ボヤールチコフの力だろうか、コール・ドの編成が柔く整っていたし、3幕構成も無駄のない立派なものであった。
(1月10日、東京国際フォーラム・ホールA)
『ドン・キホーテ』はイリーナ・ペレンのキトリとファルフ・ルジマトフのバジル。クラシック・バレエとスペインの情緒を醸すダンスが次々と繰り広げられて、踊りが溢れ出さんばかりの楽しさ。ルジマトフはスターの魅力を余すところなく発散し、ペレンはキレのいい踊りを見せる。観客もダンサーと一体となって盛り上がる、エンターテインメントとしても芸術的にも優れて豊かな舞台である。
(1月12日、東京文化会館)
『ジゼル』はオクサーナ・シェスタコワのジゼル、ルジマトフのアルブレヒトで観た。シェスタコワは、第1幕では素朴で優しい村娘を柔らかい表現で踊り、愛らしさを見事に際立たせていた。この幕の終盤の狂乱の場では、迫真の演技といよりも哀感を漂わせて観客にうったえ成功を収めた。第2幕でもはかな気な精霊の踊りの中にアルブレヒトへの愛の強さを滲ませ、なかなか美しかった。
ルジマトフのアルブレヒトは、いつものように感情を抑制した演技によって逆に真情を露にするという手法にいっそう磨きをかけて、効果を高めていた。ドラマティックな盛り上がりという点では多少弱かったかもしれないが、シェスタコワとルジマトフの演技の質がマッチしており、味わい深い舞台だった。
(1月14日、東京文化会館)
|

「ジゼル」
|
『眠りの森の美女』は、このバレエ団の他のクラシック・バレエのレパートリーと同様に、芸術監督のボヤルチコフが改訂演出にあたっている。彼は、1920年代にマリインスキー劇場でシンフォニック・バレエを振付け、今日注目を集めるフィヨードロフ・ロプホフの改訂を念頭に置いて演出している。
特に、第2幕のリラの精がデジレ王子をオーロラ姫と出会わせるシーンが、丁寧に振付けられている。このシンフォニックなシーンは、『眠りの森の美女』の主人公の心の奥行をいっそう深く表し、観客を豊かな気持に導く優れた演出、というべきである。
オーロラ姫を踊ったシェスタコワは、ボヤルチコフの期待に応えて、16歳の王女の初々しさを鮮明に印象づけた。
(1月25日、オーチャ−ドホール)
|
|
|
「眠りの森の美女」
|
●真忠久美子がオデット/オディールを踊った新国立劇場の『白鳥の湖』
新国立劇場の『白鳥の湖』はコンスタンチン・セルゲイエフ版で、初演の際にはナタリア・ドゥジンスカヤが監修してる。セルゲイエフ版では、道化が狂言回しふうに登場し、要所でスピードにのったソロを踊って舞台を盛り上げる。第2幕の花嫁候補たちのシーンでは、王子は選ばれた花嫁に渡すべき花束を道化に渡して、結婚しないという意志を表す。また、予期せぬ客のロットバルトとオディールが登場するシーンでは、道化が脅えてみせておどろおどろしさを強調する。このような演出は、かなりの舞台効果を上げてはいるが、やはり、いささか作り過ぎている気もしないでもない。
一方、王子と白鳥から姿を変えたオデットの出会いのシーンにも、もうひとつ、新しい恋の予感に打ち震えるような感動が感じられなかったのは残念である。
真忠久美子のオデットは、日本人ばなれした美しいプロポーションを使って、見事なラインを描いていた。整えられたコール・ド・バレエとの間合いもよく、第1幕から既に、悲劇の予兆をはらませた優れた踊りであった。ジークフリート王子を踊ったのはマレイン・トレウバエフ。ワガノワ・バレエ学校出身でレニングラード国立バレエでボヤルチコフの下で踊ったキャリアをもっている。端正な落ち着いた踊りであったが、いささか地味な印象である。もう少し表情豊かにアピールしてもらいたい、とも思った。
(1月8日、新国立オペラ劇場)
●楽しかった「タップドッグス」の来日公演
最近は日本人のタップダンサーが次々と現れて、コンサートを開いたりコラボレーションを展開するなど活躍が目立っている。実際、このタップドッグスの公演プログラムにもHIDEBOH、玉野和紀、熊谷和徳などの日本人タップダンサーたちが言葉を寄せている。
タップダンスの始まりには、スコットランドの木靴の踊りが大西洋沿岸に沿って伝わり、フラメンコやアフリカのタップとなったとか、その他の諸説がある。しかしいずれも、農作業などのさまざまの労働に結びついて生れたと推測されている。
タップドッグスもまた、オーストラリア人のデイン・ペリーが建築現場で働いていた時の経験を元に創った、コンテンポラリーなタップダンスのショーである。ロンドンやオーストラリアのツアーでブレイクし、シドニー・オリンピックの開会式でも彼らは踊った。一時は、同時に四つのカンパニーが世界中を公演して回っていたという。
|
 |
舞台には鉄骨を組んだセット。建築現場そのままの簡易な階段や平面をパフォーマーたちがさまざまに組み換える。まさに働く現場を働く人々とともに動かし、タップを踏んでショーアップしたものである。水を撒き散らすなど激しいタップと働く仲間たちの気軽でちょっと荒っぽいやりとり。ワイルドなむきだしの人間性がタップにのって不思議な魅力を発散する舞台だった。
(1月11日、東京国際フォーラム・ホールC) |