佐々木 三重子 text by Mieko Sasaki
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●東京バレエ団『白鳥の湖』&『ジゼル』

東京バレエ団が、バレエ・ブラン・シリーズI・IIとして、絶大な人気を誇るウラジーミル・マラーホフを招いて『白鳥の湖』と『ジゼル』を上演した。マラーホフは、現在ベルリン国立バレエ団の芸術監督を務めているが、東京バレエ団への客演は多い。今回は、上野水香と組んだ『白鳥の湖』と、吉岡美佳と踊った『ジゼル』を観た。

まず『白鳥の湖』。マラーホフが登場した途端に舞台が華やぐ。何と言っても、優雅な雰囲気、すらりと伸びた脚が魅力だ。まだ恋を知らないのに、花嫁を決めるよう告げられたジ−クフリートの複雑な心境を、はかなげに宙に伸ばした人差し指だけで表現できるダンサーは、そうはいない。オデットに魅せられていく心の動きや、オディールをオデットと思い込んで愛を誓った後の悔恨も、王子という役柄に合わせ、あくまで品良く、しかし的確に伝える。経験豊かなだけに、長身の上野水香のサポートにも配慮が行き届いており、上野の緊張を次第に解きほぐしていった。ただ、この日は体調が万全ではなかったようで、ジャンプにいつもの冴えが見られず、細かいステップにも乱れがあったのは惜しまれる。

『白鳥の湖』
上野がオデット/オディールを踊るのは、移籍後、初めて。長い手足、しなやかな肢体に恵まれているだけに、見事な開脚や迫力あるジャンプは見栄えがする。だが、胴や肩から腕にかけての動きが少々硬い。以前に比べ、オデットの心情に一歩踏み込んではいたが、王子と出合った時の恐れや驚きが、安堵に、さらに愛や信頼へと高揚する様が、より細やかに演じ分けられればと思う。むしろオディールのほうが素直に表現できたようで、テクニックの面でも、スケールの大きな跳躍やダブルを入れたフェッテでアピールした。
また、道化役の古川和則とロットバルトの高岸直樹が、こなれた踊りと演技でドラマを引き締めていた。井脇幸江、大島由賀子、木村和夫、後藤晴雄の4人によるスペインの踊りは、迫力があり見事だった。
(11月8日、ゆうぽうと簡易保険ホール)


『白鳥の湖』

『ジゼル』

『ジゼル』

『ジゼル』でのマラーホフは、ジークフリート役とは対照的に、きびきびした動作でストレートにアルブレヒトの心を表す。村娘ジゼルへをからめるように追い回し、ヒラリオンには敵意をむき出しにする。それだけに、伯爵という身分が露見した後や、ジゼルが息絶えてからの落差が印象的で、真の愛に目覚めてからの、静かでひたむきな心情が際立った。彼ならではの、宙に浮かぶような跳躍や、優雅で軽やかな足さばきも楽しめた。ジゼル役の吉岡美佳ともよく息が合い、仕草のやりとりが台詞として聞こえてくるようだった。
吉岡は、無垢な娘らしい恥じらいやためらいを全身で表現していた。村娘では爽やかなジャンプ、ウィリーになった後はたおやかな跳躍と踊り分け、バチルド姫の婚約指輪を見たショックを、空に伸ばした指先を細かく震わせて伝えるといった細かな役作りも見せた。ヒラリオンの木村和夫は、こなれた演技で応じていた。ミルタの大島由賀子の踊りはよく均整が取れていたが、この役には今一つ威圧感が欲しい気がした。(13日、同) なお、両演目ともアレクサンドル・ソトニコフ指揮東京ニューシティ管の演奏だったが、テンポがひどく遅くなる時があり、間延びしたような感じを与えたのが気になった。
 
●フィリップ・ジャンティ・カンパニー『バニッシング・ポイント』


 独創的な舞台を創造するフランスのフィリップ・ジャンティ・カンパニーが、2003年に発表した『バニッシング・ポイント』を上演した。表題は「消失点」の意味。ジャンティが目指すのは、マイムやダンス、人形、様々な仕掛けを駆使したファンタスティックな舞台だ。なお、同カンパニーの来演は、1988年の初来日以来、これで11度目という。

真っ暗な舞台前面の床を水平に走る光の線の中央に、垂直な線と左右斜め上45度からの線が矢印をなすように突き刺さる。矢印の右下のコーナーがわずかに開き、その空間から男が顔を現した。明るい空間が見る間に広がっていく。登場するのは、「彼」と、パートタイムの水泳コーチで本来は哲学者という男や、自身を食らう人食い鬼、記憶をなくした踊り子ら、「彼」の心の内を旅する5人の宇宙飛行士だそうだが、これは説明を読まないとわからない。観客は、ステージ上に提示される、次々に浮かんでは消えていく心象風景をさ迷うことになる。そこは潜在意識の世界、いや消失点を越えた領域なのだろう。

登場する人物は、帽子をかぶりコートを着込んで旅する一群になったかと思うと、座っていた人がこつ然と落下し消えてしまったり、口から水を噴き出す人が波にのまれたり、宙から人がころがり出て来たり、人間が小型の人形になったり、はたまた、空気でふくらました巨人が現れて人形の頭を食べたり、一瞬のうちに、しぼんで消えたりといった具合だ。人間や人形に合わせて、宇宙も伸縮自在のようだ。ユーモアがあり、詩的でシュールでもあるジャンティのワンダーワールド。コート姿の人形たちが一塊となって歩んで行く幕切れには、ほのぼのとした温もりが漂っていた。
(11月11日、ル・テアトル銀座)
 
●上海歌舞団が来日


上海歌舞団が、第11回神奈川国際芸術フェスティバルのコンテンポラリー・アーツ・シリーズの企画で来日した。3本の委嘱作が初演され、その中に“異文化交流”をうたった近藤良平の新作も含まれてはいたが、民族的な舞踊や音楽、舞踏劇の創作を目的に、1979年設立された同団の参加は、従来のコンテンポラリー・ダンスの路線とは趣きを異にしている。それでも、夏のアテネ・オリンピックの閉会式で華麗な舞踊を披露した芸術監督の黄豆豆を始めとする若いダンサーたちによる熱気に溢れた舞台は見応えがあった。

 幕開けの『秦俑魂』は、陳維亜が秦の始皇帝陵の兵馬俑に着想を得、兵士の勇姿を描いた作品。ソロを踊った黄や群舞の男性ダンサーは、アクロバティックな技が盛り込まれた舞踊を整然とこなした。あらゆる役を演じる伝統劇役者の一生を綴った女性ソロ『旦角』や、女性たちが華麗に剣を操って舞う『剣似飛鳳』にも、中国の伝統が色濃く感じられた。

 黄の代表作『棋』は、碁石を象徴する白い衣装の陣営と黒い衣装の陣営による迫真の競い合いを模したもので、『甲骨随想』は古代の甲骨文字の美を身体で表すソロ作品。黄は自ら後者を踊り、驚異的な跳躍、弓のようにしなう上半身、鋭敏な手足の動きで圧倒した。
 委嘱作のうち、日本在住の顔安による『上善如水』は、老子の言葉を元に、柔軟で謙虚だが力のある水の如く生きる女性の方が、力で支配せんとする男性に優ると訴える。男が女を引きずり回したり、もがき合ったかと思うと抱きついたりと、現代の男女を彷彿させるデュオだった。近藤良平の『腹が減った!とにかく腹が減った!』は、歩み出てきた一人の男が「オスッ!」と敬礼して始まる。横一列に並んだ男たちが隣の人の腹をリレー式に手で叩いたり、握手すると思わせてすれ違ったり、差し出したりんごを相手がかじろうとした瞬間に引っ込めて自分でかじったり。可笑しくも他愛ない作品と言ってしまえばそれまでだが、ダンサーは近藤の独特の振りに、初めてとは思えないほど柔軟に応じていた。

 黄の新作『黄土地』は、中国人の心の故郷という黄土への愛着をテーマにした骨太の作品。統制の取れた、たくましい男性群舞は、規律ある暮らしのイメージか。男たちは箱から現れた若い女に魅せられ、街や海原など未知の世界へと導かれるが、女を連れ帰って箱に封じ、その周りで歓喜したように踊る。譚盾の伝統楽器を用いた音楽が生きていた。

『黄土地』

ダンサーにはバレエの技術も学ばせ、作舞には京劇や雑技の伝統のほか、西洋の技法や表現も採り入れるーーこうした歌舞団の姿勢は、2000年に黄が23歳で芸術監督に迎えられてから一層強まったと聞くだけに、今後が楽しみだ。


『黄土地』
(11月21日、神奈川県民ホール)

 

 

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