関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
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秋、世界的にダンス・シーズンに突入した。海外カンパニーの来日公演から、大小様々なグループの公演が花盛りの季節。ニューヨーク・シティ・バレエの舞台が終ったと思ったら、新国立劇場の『ライモンダ』、熊川のK バレエの『ドン・キホーテ』そしてギエムと年内だけでも、ワクワクするような公演が目白押し。でも、最近は小さなスタジオ公演にもおもしろいものがあるので、見落さないように気をつけないと‥‥。

●ファウンダーの生誕100年を祝ったニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)

 今回のNYCBの来日公演はA.B.Cの三つのプログラムが組まれた。その中からバランシン作品を初演年順に並べかえると『セレナーデ』'35、『コンチェルト・バロッコ』'41、『アゴン』'57、『スターズ&ストライプス』'58、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』'60、『フー・ケアーズ?』'70、『ストラヴィンスキー・ヴァイオリン・コンチェルト』'72、『ヂュオ・コンチェルタンテ』'72、となる。

「スターズ&ストライプス」

 作品の雰囲気から言うと、バランシンがアメリカに拠点を得て本格的に活動を開始した頃の『セレナーデ』、あるいは創作活動が軌道に乗り始めた頃の『コンチェルト・バロッコ』などは、古典的なフォーメーションを越えた新しいフォーメーションを追求する意識が強く感じられる。もちろん今観ても、個々のダンサーの動きに独創的なものがあるが、やはりフォーメーションとしての美しさに関心がある構成主義的な作品になっている、と思われる。あるいはディアギレフのバレエ・リュスの影響が残っていたのかもしれない。
『アゴン』は、ストラヴィンスキーと曲作りの段階から本格的なコラボレーション行って完成した。『コンチェルト・バロッコ』と『アゴン』では、踊っているダンサーの身体の表情がまるで違う。バッハとストラヴィンスキーという音楽の違いがあるとはいえ、『アゴン』を踊るダンサーは、リラックッスした精神で音楽と一体となり、音と戯れながら踊っているようにさえ見える。そして、バランシン作品独特の音楽との親和性、一体感、といったものはその後しだいに深められていく。

「コンチェルト・バロッコ」
「セレナーデ」
「アゴン」
※写真をクリックすると拡大でご覧になれます。 写真(全て):瀬戸秀美

 プティパの継承者を自認するバランシンは、プティパとチャイコフスキーがともに才能を注ぎこんでバレエを創ったように、『アゴン』ではストラヴィンスキーと緊密なコラボレーションを展開した。また、フランス人のプティパが招かれた国、ロシアの作曲家チャイコフスキーやグラズノフの音楽をとりあげて作品を創ったように、スーザやガーシュインといったアメリカ人作曲家の音楽に振付けた。プティパがロシアに骨を埋めたように、バランシンは祖国を出奔して各国をツァーで巡り苦労と努力を重ね、アメリカで20世紀を代表する芸術家として名を馳せた。そして彼は、祖国ロシアにNYCBを引き連つれて公演に訪れた際、「私はアメリカ人だ」と明言している。

『ヴァイオリン・コンチェルト』と『デュオ・コンチェルタンテ』は、バランシン・バレエの最も良き理解者、ストラヴィンスキーが亡くなった翌年の72年に行われた、ストラヴィンスキー・フェスティバルのために創られた。
『デュオ・コンチェルタンテ』は、伝統的な音楽コンサートの楽しさを演奏とダンスの融合によって、立体化し、聴く喜びを何倍にも高めてしまう機智に富んだ企てである。『ヴァイオリン・コンチェルト』では、バランシンのダンスのヴォキャブラリーの豊かさ、目に絢な自在なフォーメーションの美しさに圧倒され、存分に堪能した。

「ヴァイオリン・コンチェルト」 「デュオ・
コンチェルタンテ」
「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」
「フー・ケアーズ?」
写真(全て):瀬戸秀美

 バランシンは既成の音楽に振付ける時、その作曲家への敬愛の情を隠さない。『白鳥の湖』のバレエが創られた際の種々の経緯によって、作曲者の創作の意図とともに忘れ去られていた曲が発見されると、すぐに申し出て『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』振付けたり、ストラヴィンスキーへの尊敬と深い理解によるフェスティバルの開催、早世したガーシュインへの謙虚な配慮の行き届いた『フー・ケアーズ?』の創作など、振付を行うこと自体が、音楽家へのレクイエムとなっている場合がしばしば見受けられる。これは先輩のフランス人には、あまり見られなかったことかもしれないが。

 じつは、私はそうした「人間バランシン」が好きである。バレエを料理に例えたり、伴侶をつぎつぎと取り替えたり、想像を越えるほど年齢の離れたスザンヌ・ファレルを妻子がいるのに正々堂々と口説いたり、人間バランシンにまつわるおもしろいエピソードをとりあげたら際限がない。おそらくそれは、生涯に残した珠玉の作品のヴァリューと見事に均衡をたもっているのではないか、そんな気がする。恐れられ愛され親しまれたミスター・Bという愛称には、天真爛漫、豪放磊落でありながら、極めて繊細で緻密な才能をもった人間バランシンが脈々と息づいているのである。バランシンの作品の豊穣が、彼の人間性の豊穣と表裏一体であることはいうまでもないだろう。

 今回の4年ぶりのニューヨーク・シティ・バレエ団の来日公演では、レジデンスの振付家として作品を発表し、最近、注目を集めているクリストファー・ウィールドンの『ポリフォニア』も上演された。これは現代音楽の巨匠、ジェルジ・リゲティの曲に振付けたもの。リゲティはクラスター(密集音階)が次第に変化するオーケストラのための音楽『アトモスフェール』あるいは映画『2001年宇宙の旅』の音楽などの作曲家であるが、ここではピアノの連弾が使われている。 

『ポリフォニア』は、4組のペアの踊りで始まるペアを中心とした10のフラグメンツである。ダンスとしてはエチュードとして創られたのかどうかは不明だが、振付家が一音一音動きを確かめながら振付けているようにも見えた。音のとり方は最後の一滴まで吸い尽くそうとするかのように非常に丁寧。そのうえ一際、余韻の形象が優れている。舞台から音が消えてまだかすかに観客の耳に残響しているような微細な響きをも汲み取って、独創的な動きを創る。それがなんとも言えない味わいとなって、あえかに叙情する。バレエのパとコンテンポラリー・ダンスの動きを混淆して構成し、とりたててオフバランスの動きを使ったりはしていない。音楽に忠実な動きだが、時に、思いきって大胆な動きやヨガのようなポーズを折り込んで、立体的なイメージを呼び起している。

「ポリフォニア」
「ハレルヤ・ジャンクション」
「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」
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 その他には、ピーター・マーティンス振付の『ハレルヤ・ジャンクソン』(音楽/ジョン・アダムス、デュオ・ピアノ)、『ウエスト・サイド・ストーリー組曲』(音楽/レナート・バーンスタィン、振付/ジェローム・ロビンズ)が上演された。ダンサーでは、ウェンディ・ウェーラン、マリア・コウロスキーなどは当然ながら手慣れた踊り。『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』ほかを踊った新星アレクサンドラ・アンサネッリが、若きリズ・テ−ラーを彷佛とさせ、良き時代のアメリカ女性の気品を感じさせ印象を残した。
 NYCBはこの訪日公演のために、指揮者3名、ピアニスト4名、ヴァイオリニスト1名、その他の演奏者3名、歌手5名を帯同させた。彼らはそれぞれの演奏演目が決まっている。また新日本フィルハーモニー交響楽団も最高のメンバーを揃えたという。こうした編成からもこのバレエ団がいかに音楽を重視しているかが分かる。(A,Bプロ、9月25日、Cプロ、9月26日、オーチャ−ドホール)
 

 

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