関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi

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●伊藤キムの新作『花の歴史』『Close the door,open your mouth』
 新国立劇場のコンテンポラリー・ダンス・シリーズは、伊藤キムの新作『花の歴史』と『Close the door, open your mouth』の再演。ダンサーがカウンターテナーの技を披露して観客を「あっ」と言わせた、『Close the door, open your mouth』の初演は2001年のことだった。本当に時が経つのは早いもの、というのは余計な感想だが、やはり、カウンターテナーをダンスの舞台に使うということは卓越した発想だろう。身体(ダンス)と言葉と音楽と歌、というジャンルについて感じ、想い、体験して、表現することをトータルにしかも楽しく考えてしまう舞台が、いったいほかにあるだろうか。これはダンスを越えた、しかしダンスの傑作である。

 キムは『花の歴史』のプログラムに、<強いのか弱いのか、繊細なのか図太いのか、穢れているのかそうでないのか、理解不能で捕えどころがない。女という生き物、不思議で不気味>と書いている。舞踏からダンスの世界に入ったキムにとって、「トウシューズを使ったバレエの動き」は、女性そのものを連想させるのだろうか。この作品では、黒田育世を始めとする4人のトウシューズを付けたバレエダンサーが、伊藤キム独特の動きを踊る。それは、キムの目から見た女性の得たいの知れない特性-----理解したと思うとすぐに覆されてしまうような---を表す踊りである。そして女性ダンサーたちを、中央のベジャールの『ボレロ』の時のような丸いテーブルで踊らせる。その回りを、すっかり浮き世ばなれしてしまった大先輩の女性たちが、「春の小川」に合わせてお遊戯しながらゆっくりと回る。確かに、舞台には<花の歴史>ともいうべき、女性たちの時間が流れていた。(5月15日、新国立劇場)



●マリア・パヘスの新作『ソング・ビフォア・ウォー』
 トマティート&ホアキン・グリロ


 マリア・パヘス舞踊団が新作『ソング・ビフォア・ウォー』(完全版 世界初演)と『フラメンコ・リパブリック』を持って来日公演を行った。

 日本のマリア・パヘスの観客は、『リヴァー・ダンス』のフラメンコ・パートを踊った(振付も)パヘスに魅せられてしまった人が多いと思われる。確かにあのパヘスの踊りは、フラメンコという呼称を越えたダンスそのもののルーツをも感じさせるものであった。その後パヘスは、『ラ・ティラーナ〜プラド美術館の亡霊』『アンダルシアの犬』『イルシオネスFM』などの作品を日本でも上演しているが、どれも伝統的フラメンコには収まりきらない舞台だった。

 今回の新作『ソング・ビフォア・ウォー』は、昔の詩歌が喚起するものが振付の源となっている。パヘスは、1971年に公開されたスペイン市民戦争後の時代を、歌によって描いたドキュメンタリー映画に触発されて創ったという。そして『ソング・ビフォア・ウォー』の最後に踊られたのはジョン・レノンの『イマジン』。新しい戦争が各地でくすぶる21世紀へ、パヘスの深いメッセージが込められた圧巻の舞台であった。『フラメンコ・リパブリック』でいっそう舞台は盛り上がり、カーテンコールでは盛んに喝采が贈られた。(5月19日、新宿文化センター)

<トマティート&ホアキン・グリロと仲間たち>の公演は、第1部がトマティートの演奏。極限を極めたかのような乾いた音の素晴らしい構成だった。第2部は、フラメンコの神様といわれたパコ・デ・ルシアとともにワールド・ツァーを行っていたホアキン・グリロとホセ・ガルバンの娘パストーラ・ガルバンの踊り。ダンスは、タブラオを思わせる暗いスポットの下で展開した。グリロの切れのいい闊達な男性的な踊りと、どんな曲線でも描いてみせるガルバンの柔軟な踊りのフェミニンな感覚が鮮やかなコントラストを描いていた。(5月25日、新宿文化センター)

●舞踊公演「ひろば2004」、目白三人の会「舞踊への招待」

 踊りとの出会いの「ひろば」、今年の公演はA・Bプロが組まれた。Aプロを観ることができた。「道成寺断章」に続いて、「鳳仙功舞踊…三趣…」が上演された。鳳仙功舞踊は、中国人振付家、大鳳真陽が中国の伝統舞踊に「気」の概念を取り入れて創案したもの。舞踊団は日本人の女性ダンサーが主体である。上演されたのは、山鳥の長い尾羽を頭に着けて踊る『天与』、孔雀の動きと形態が舞踊となって生命を表す『くじゃくの精』、宇宙の神秘を描く『宇宙の樹』の三演目だった。『天与』はダンサーの頭につけられた一対の山鳥の長い羽がしなやかに揺れて、フラクタルな生命の輝きを表していて美しかった。

 全体に踊りは、あまり激しい動きはなく、静かだがスムーズな動きで、生命や美の象徴としての鳳や仙女、大自然の姿、生命の力などを表現するもの。気の流れに沿った素直な動きが、人間本来の美しい身体性を創り、無理ない自然な躍動感を生み出す、という考え方に基づいた舞踊である。
 続いて、狂言の「釣針」を舞踊化した『戎詣恋釣針…釣女…』が上演された。妻のない大名と召使いが恵比寿様に妻を授かろうと祈願すると、お告げがあって釣り竿を授かる。その釣り竿で女房釣りをすると、大名には美人が掛かり、召使いには醜女が掛かる、という現代とはまったくの別世界のようなノーンビリとしたファンタジーが観客に大いに受けた。


 創作『桜の園』は、日本舞踊家とバレエダンサーが同じ舞台で競演する、という趣向。チェーホフの『桜の園』の筋から離れて、その背景にある美しい世界の崩壊を、花・月・雪の章として舞踊化している。日本舞踊は西崎峰が踊り、川口ゆり子とバレエ・シャブルウエストがバレエを踊った。着物とチュチュが同じ舞台でそれぞれの舞踊を見せ、不思議な美しさを放った。(5月21日、アートスフィア)
 目白三人の会は、1984年に豊島区に住む舞踊家、小林紀子、芙二三枝子、花柳千代が舞踊をさらに多くの人々に普及するために始められた。主催は豊島区である。

 まず、芙二三枝子舞踊団の『心の支え』『緑それは命』が上演され、芙二三枝子が「心とからだをめざめさせるエクササイズ」と題して、ダンサーのデモンストレーションを交えたトーク。ダンスを創る発想と過程を分かりやすく語った。日本舞踊は、「目・首・肩」「手」の使い方とその意味についての話、さらに小学生を交えた体験発表「楽しい手の基礎と歩き方」、舞台は大和楽『あやめ』の華麗な踊り、そしてバレエは「バレエ・ダンサーへの道」。ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンシングの検定試験を受けていくプロセスを具体的に見せた。そして舞台は『白鳥の湖』第2幕、なんとオデットを島添亮子が踊ったのである。小林紀子バレエ・シアターの『白鳥の湖』は未見だったので、望外の喜びとなった。(5月1日、東京芸術劇場)
●イサドラ・ダンカンを継承するダンス
 大きな公演ではないが、「イサドラ・ダンカン自伝」の出版記念として「ダンカン・ダンスサロンコンサート」が催された。

 イサドラ・ダンカンのダンスは、イサドラと姉のエリザベスにより、養女のイサドラブルズ(アナ、イルマ、マリア=テレサ、リサ)に教えられた。これをイサドラ・ダンカン国際学校の芸術監督であるジーン・ブレシアニが、アナ、イルマ、マリア=テレサなどに学び、マリア=テレサの学校を引き継いでいる。ニューヨーク大学でダンスを学んだ佐藤道代は、ブレシアニに師事し、イサドラ・ダンカン国際学校の日本大使に任命されている。

 この会で佐藤道代が踊ったプログラムは、「蝶々」(ショパン)、「ナルシス」(ショパン)「愛の諸相」(ブラームス)より、あいさつ、ララバイ、うお座の夢、ジプシー、アフロデティ、遊べる?喧嘩できる?、シンバル、消えた愛、ジプシーの血潮 だった。会場は出版元の冨山房ビルの一室だったから、ダンスの条件はあまり良くはなかった。しかし佐藤道代の軽やかなステップを見ているうちに、自由なダンスという信念のもとに、ギリシャやロシアなどで踊り続けたイサドラの面影が浮かんできたような、そんな想いが浮かんだのである。(5月28日、冨山房)

 

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