関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi

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●楽しくて、やがてさらに楽しかった熊川版『コッペリア』
『コッペリア』は最近なかなか人気のある演目となった。パリ・オペラ座のパトリス・バール版、プティのコッペリウスが素晴らしいローラン・プティ版、スターダンサーズ・バレエ団のレパートリーになっているピーター・ライト版、ピエール・ラコットとクロード・ベッシーが演出したパリ・オペラ座バレエ学校版、セルゲイ・ヴィハレフが舞踊譜に基づいて復元しノボシビルスク・バレエが上演したプティパ版などが、近年は各地でしばしば舞台にあがっている。

 熊川哲也版『コッペリア』は、人形を作るための材料を運ぶコッペリウス博士をフランツの友人たちがからかうシーンから始まる。若者たちは、機械仕掛けでなにやら不思議な物を作ろうとしている怪しい老人に興味津々。一方コッペリウス博士は、美しい村娘スワニルダと生き写しの人形を作るために、彼女を採寸しようとして追い掛け回す。この冒頭の演出は物語全体の構図をうまく表している。特にコッペリウス博士とスワニルダの関係は、プティ版以外ではあまり描かれていないが、第二幕で逃げ遅れたスワニルダが博士の製作中の人形コッペリアになりすまし、博士はそれに気付かないのだから、演出のポイントである。

 バールやラコット演出のオペラ座のヴァージョンでは、窓辺の美女コッペリアに盛んに関心を示すフランツと、それにやきもちをやくスワニルダの掛け合いのシーンが多い。熊川版のフランツは、鐘の祭りにやってきたジプシー女にチョッカイを出して、スワニルダを怒らせる。でも二人とも村のほかの若者たちと同じように、美女が窓辺で読書しているコッペリウス博士の怪しい家に、打ち消しがたい興味をもっていた。で、はしごを持ってコッペリウス家に侵入しようとするフランツ。このシーンでダンサー熊川は、新しいコミカルなキャラクターを見せて大いに受けた。Kバレエの次の幕ものは『リーズの結婚』か、と一瞬思わせたくらい。

 第一幕では、祭りの前の若者たちのウキウキするような気持ちが、ダンスによって軽快に描かれた。
 第二幕。友だちと怪しい家に侵入したがコッペリウスが戻ってきて逃げ遅れ、博士が精魂込めて作ったコッペリアになりすましたスワニルダ。それとは知らない博士は彼女にフランツの命を注入する。スワニルダは、大好きなフランツの命を入れられてとっても喜ぶ。他のヴァージョンでは、コッペリウス博士が少女の元気をもてあます<老いの哀感>にポイントを置いて演出しているため、このスワニルダの素直な気持ちが案外見逃されている。コッペリウスとスワニルダの関係を第一幕で描いた熊川演出がここで生きている。この解釈のほうがコッペリウスの哀しみは深い。博士は自分が憧れている少女に、彼女の大好きな男の命を注ぎ込んでしまうのだから。

 第三幕は素晴らしかった。スワニルダとフランツのスローな踊りから始まって、康村和恵がしっとりと敬虔な雰囲気を醸して踊った「祈り」、長田佳世が正確にしっかりと踊った「ブライドメイド」、「仕事の踊り」、「時の踊り」、ヴァリエーションとテンポアップしながら、結婚と祝祭の雰囲気がぐんぐん盛り上がった。

 神戸里奈のスワニルダは愛らしく、終演するともう一回観たくなるような魅力に溢れていた。もちろんコッペリウス博士に扮したキャシディは、終幕直前に窓から得体の知れない煙りを出したり、カーテンコールではしきりに神戸スワニルダに老いてますます盛んな好奇心を放つなど大活躍だった。コッペリウス=キャシディならずとも、思わず採寸したくなってしまうくらい女性ダンサーたちは、みんなそれぞれ魅力的。熊川演出は、ともすれば老いの哀感に印象を奪われがちの『コッペリア』の舞台に、若者たちの活き活きとした息吹きを吹き込んだのであった。(5月22日、オーチャ−ドホール)

●静岡に登場した「ロシア・バレエのスターたち」

 静岡県舞台芸術センター(SPAC)が開催している第二回<ロシアの舞台芸術>では、「ロシア・バレエのスターたち」の公演が行われ、ボリショイ劇場とモスクワ音楽劇場ほかのバレエ団のスターたちが競演した。

 まず開幕は、ボリショイ劇場オーケストラによるチャイコフスキーの「戴冠行進曲」の演奏。次に『くるみ割り人形』パ・ド・ドゥを、リリア・ムサヴァローヴァとアジャール・アフメトフのペアが踊った。ムサヴァローヴァはモスクワ音楽劇場の所属だが、アフメトフは98年にカナダのアルバータ・バレエに移籍している。静岡芸術劇場は、新幹線からものぞまれるグラン・シップと与ばれる船の形をした建物で、この公演は中ホールで行われたがなかなか落ち着いたつくりだった。オケピット越しでも、舞台と観客の距離が近く、ダンサーに親しみを感じさせる雰囲気がある。
『エスメラルダ』のディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥは、オクサナ・クズメンコとドミトリー・ザバブーリンのモスクワ音楽劇場組が踊った。おおらかなのびのびしたバランスのよい踊りだった。続いてボリショイ劇場バレエのプリマ、ニーナ・セミゾーロワによるカシアス・ゴレイゾフスキー振付の『ロシア舞踊』。ソロだったが、起伏に富んだ曲調に和した細やかな動き。ショールを使って繊細な感覚を見事に表現していた。

 そして『白鳥の湖』の2幕、3幕のパ・ド・ドゥ。2幕の白鳥にはセミゾーロワ、ジークフリートはボリショイ劇場のマルク・ペレトーキン、ロットバルトはザバブーリンだった。3幕の黒鳥はボリショイ劇場のアンナ・アントニーチェヴァ、ジークフリートもボリショイ劇場のウラジーミル・ネポロージニーである。黒鳥はボリショイ劇場の巨大なプロセニアムが似合いそうな大型カップル。女性はちょっと強引さも感じさせたが、しっかりと決め、男性はむしろ爽やかな印象であった。その辺がボリショイ流なのかもしれない。『くるみ割り人形』を踊ったムサヴァローヴァとアフメトフはマーラーの『アダージェット』。豹柄と薄いグリーンの総タイツのペアで整った身体性を見せる。振付はO・アライス。『海賊』パ・ド・ドゥはアントニーチェヴァとペレートキン、『ドン・キホーテ』パ・ド・ドゥはクズメンコとネポロージニーのペアが踊った。ともにガラ・コンサートに定番の作品だが、ボリショイ流の力強いのびやかなステージが印象に残った。(5月6日、グランシップ中ホール)
 

 

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