関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi
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●アレッサンドラ・フェリとアルヘン・コレーラの『ロミオとジュリエット』
マクミラン版の『ロミオとジュリエット』は、2001年に10月に新国立劇場のレパートリーに加わっている。この時は、ヴィヴィアナ・デュランテとロバート・テューズリーがペアを組み、熊川哲也が特別ゲストとしてマキューシオを踊った。
今回は、マクミラン版のジュリエットを当り役とするフェリと、新国立劇場初登場となるコレーラのペアが人気を集め、チケットも発売たちまち売り切れ。
コレーラのロミオは恋の喜びをナイーブに伝え、フェリのジュリエットは愛し愛される喜びを、心の深部で受け止めピュアーに信じ、生きる道を選択する。見事なカップリングだった。現在、ロミオとジュリエットを踊る最も優れたのペアのひとつではないだろうか。
マクミラン版は、ルネッサンス前夜のヴェローナの広場に集まる群集の一人一人に、当時の社会の中の職業を示し厳密かつ具体的に時代性を表し、と同時に、鋭く対立するモンタギュー対キャピュレット二家の争いの、息詰まるような緊迫感を舞台に鮮明に現す。多くの才能ある振付家のヴァージョンの中でも、とりわけ優れた振付である。特にこのヴァージョンの場合、幕開きから二家の対立がロミオ、マキューシオやティボルトなどの貴族のみならず、群集までも巻き込んでしだいに激しくなり、ついには死者が出るにおよんで大公が出馬して収拾されざるを得なくなるまで、一気呵成に観客の意識を舞台に集めてしまうように、音楽と一体となった演出がなされている。このドラマの流れのクライマックスは、ロミオ・グループvsティボルト・グループの迫力ある剣劇をダンスによって表すシーンであり、前半の演出の勝負どころである。マクミランが兄事していたクランコ振付版が、背景の人々を抽象的に表現することによって、時代を越えて人間の深部に迫ろうと試みているのとは、対象的な群集の描き方である。
また、今回は怪我のためにロミオを降りてパリスに扮した森田健太郎を観ることができた。森田は、パリスをいたずらに戯画化することなく、ひたすらジュリエットを愛した一人の若者として、心を込めて好演した。その結果、墓場に駈け戻ったロミオに虚しく殺されてしまったが、愛する女性の墓前に死体として横たわり、彼には想像を絶する事態だったに違いないが、正気に返ったジュリエットに一瞥を授けられる、という僥倖を得た。ジュリエットにとってあくまでロミオの死体が最優先ではあったが、絶望の果てに自殺した彼女の心の片隅に、パリスの面影がかすかに残っていなかった、とは決して断言できない。森田・パリスはそんな印象さえ残した。(4月16日、新国立劇場)
「ロミオとジュリエット」
フェリ & コレーラ
●『インソムニア』青山ダンシング・スクエア公演2004
青山ダンシング・スクエアの今年の公演『インソムニア』は、5人の振付家による7つのダンスのコレクションである。インソムニアとは「眠れない人たち」のことだそうだ。
芸術監督を務める小川亜矢子が、バッハによる『クリスタル・パルティータ』、グレッキの『出会いなきふれあい』、シューベルトの『インソムニア』を提供していた。『クリスタル・パルティータ』は、右手に薄い布を着けた9人の女性ダンサーによる活発な力強い踊り。眠りのない世界に住む女神たちの魂をアンサンブルで表した作品だった。最も印象的だったのは、上半身は裸に赤いパンツの男性ダンサー(桑名和也)と3人の女性ダンサーが踊った『出会いなきふれあい』。緊張感のある幻想の中で、男と女のあるいは情念と感性の象徴的な幻影のドラマが踊られ、よくコントロールされたシャープな動きによる鋭い造型が、なかなかカッコ良かった。『インソムニア』は、井神さゆり、吉川文子、高部尚子が出演。三つの丸いスポットの中に3人が寝転んでいるシーンから始まり、ソロとアンサンブルをくり返しながら、眠りとうつつの端境を描いた作品であった。
上島雪夫は『生きているうちが……』というタイトルのダンス。都会のホームレスのような一人の男の10代、20代、30代の回想と、今時間を刻んでいる現実の街の姿を交錯させたダンス・バラード。この人らしく、率直な実感に基づいた作品だった。最も会場を沸かせたのは、近藤良平が振付けた『3分間で眠る男と3分間だけ待つ女』だった。飛び入りのような感じで近藤自身がダンスに加わることもあったが、基本的には、男性ダンサー一人対女性ダンサーの群舞という構成で、男と女の機微が掛け合いで踊られる。ダンスのために特別に創られた動きは特にない。すべてが、日常的に普通に使われているジャスチャーだったり、遊戯や格闘などの動きを巧みに組み合せて、つぎつぎと至極自然な間を創ってダンスを展開していく。得難い才能というべきだろう。今回は、男女の出会いや遊び、勝負などのニュアンスを連鎖して見せた。木佐貫邦子の『昼間ノコタエ』は、現実を眠りの幻想の中で捉える踊り。この人が舞台に描きだすイメージは非常に美しく洗練されたものである。特に、最近作はそのように感じさせられる。新上裕也の『「………」「・」』は、自分の夢に迷いこんだ男の戸惑いを描いたダンスのようであった。黒いパンツに白いトップ、白いソックスを着けた女性ダンサーの群舞が甘い幻想を感じさせる、ちょとおもしろいイメージの作品だった。(4月11日昼、世田谷パブリックシアター)
振付:近藤良平
「3分間で眠る男と3分間だけ待つ女」
振付:小川亜矢子
「出会いなきふれあい」
振付:小川亜矢子
「インソムニア」
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