MAURICE BEJART << BOLERO >> 限りなく中性的なジロの『ボレロ』
昨年の春、ベジャールから『ボレロ』のメロディーを踊ってほしいと連絡が入ったというマリ=アニエス・ジロ。2005年9月の上海公演で同作品の初舞台を踏み、今年6月からパリ・バスティーユ劇場で上演された「モーリス・ベジャールの夕べ」と題したプログラムの中で披露する運びとなった。
欧米人は一般的に、両手を広げたときの指先から指先の長さが身長にほぼ比例するというが、身長173センチのジロの場合は2メートル近くに達すると、本人から聞いたことがある。その長い手足と、古典的なバレリーナの体型とは異なる逞しい肩。ギリシャ彫刻を思わせる顔立ち---。パリ・オペラ座に新風を送り込んでいるジロの『ボレロ』を観た。(7月11日) |
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映画『愛と哀しみのボレロ』でジョルジュ・ドンが踊って一躍脚光を浴びて以来、ベジャールの代表作品『ボレロ』のソロ(メロディー)は、男性ダンサーが踊るケースが多くなり、古代の儀式や祭典を思わせるような演出が色濃くなった。しかし一昨年、東京バレエ団の上野水香に『ボレロ』を伝授したベジャールの側近ミカエル・ガスカールは「ベジャールは、振付けたときの原点に立ち返ったボレロに戻したがっている」と話した。1961年の初演時は、船着場の酒場で、いわばお立ち台のテーブルの上で踊りはじめた女に水兵たちが挑発されてゆく様をイメージして振付けたという。それに習えば、ジロのボレロも、「酒場の女」に近づくはずだ。
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しかし、その予想は見事に外れた。徐々にスポットライトに照らし出されてゆくジロの身体からは、性的な魅力はまったく感じられない。広い肩幅とあまりくびれていない腰周は華奢なラインからほど遠い。それでいて、すっと伸びた長い脚を頭上高くグランバットマンしたときの柔軟性では、女性ならではの身体機能を見せつける。まさに両性具有的というか、中性的なボレロなのである。ジロとほぼ同じ長身で強靭さとしなやかさを併せ持つギエムの怪しい世界とも違う。荘厳なボレロを踊ったドンでさえ、肢体には妖艶さを称えていたが、ジロの場合は外見も手伝って色気を徹底的に排除している。さらにエネルギッシュ、ダイナミックという表現も当てはまらない。音楽の高揚感とともにクライマックスに向うシーンでも、淡々と一定のリズムを崩さず踊っている。髪を振り乱して観客を陶酔の世界に巻き込んでくれないのだ。感情を入れず、無に徹した境地から生まれてくる作品そのものの真価を観客に問う、といった禅的な思想の持ち主なのだろうか。客席ではブラボーと拍手が鳴りやまずカーテンコールが繰り返されたが、私には、ジロなりの世界観やメッセージが伝わってこない消化不良のボレロだった。 |
オペラ座初の韓国人ダンサーも活躍
<ベジャールの夕べ>には、ほかに『中国の不思議な役人』と『扉とため息のためのヴァリアシオン』も含まれていたが、前号でも紹介されたので詳細は割愛する。ただ、『扉とため息のためのヴァリアシオン』に出演する7人のダンサーの一人として抜擢された韓国人のキム・ヨンゲルの踊りを観ることができた。
キムは1997年、モスクワ国際バレエコンクールで3位、98年パリ国際ダンスコンクールで1位を受賞し、韓国人として初めてパリ・オペラ座に入団。昨年12月の内部オーディションでスジェに昇格した。ダンサーたちに舞台上でテーマが与えられ、即興で振付ける能力が求められる今回のような作品の中で、コミカルな表現力や軽妙な動きで自分の見せ場をきっちりつくる。長身で細身、東洋的な顔立ちが、フランス人ダンサーたちに囲まれた中で個性的な爽快感をかもし出す。今後、コンテンポラリー作品でのますますの活躍が期待できそうだ。
演奏は、ヴェロ・パーン指揮パリ・オペラ座管弦楽団。<ベジャールの夕べ>は7月14日が最終公演で、2006〜2007年シーズンでの上演はない。
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