渡辺真弓 text by Mayumi Watanabe
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●コンテンポラリーはプレルジョカージュの最新作『N』で幕開き

 パリの新しいシーズンは、プレルジョカージュ振付『N』で開幕した。公演は、シャイヨ劇場で、9月15日から26日まで。この作品は、6月のモンペリエ・ダンス・フェスティヴァルで初演されたもの。初演の時から仮につけられたタイトルの『N』が何を示すのか定かではない。発音から連想されるのは、まず”haine(憎しみ)”だが、科学記号や数学の記号を連想することもできる。あるいは、”nu(裸の)"、"nul(無の)"、"nuit(夜)"、”nature(自然)”…の頭文字なのかもしれないと、いろいろ考えさせられる。振付者によれば、ここでは、言葉にできないもの、つまり苦痛や苦悩、怒り、そして消え行くベクトルとしての身体についてを、今日的テーマとして提示したかったのだという。

 舞台は、終始暗く、ノイズのような音響が少しずつトーンを変えながら続く(映像、舞台:クルト・ヘンシュラーガー、音響:ウルフ・ラングハインリヒ)。冒頭、暗がりの中に二つの小山が姿を現わし、そこから裸の男女の姿が浮き上がっていき、動物的な闘争を展開していく光景は、ベジャールの『春の祭典』の始まりの部分を思い起こさせる。バックに、行進する兵士たちの群像の映像が映写され、その前に、人々が倒れ、虐待される姿を目にする時、いやでも昨今ぼっ発するテロ事件や戦場や捕虜収容所等の光景を思い出させる。

 プレルジョカージュは、以前、『戦いの後の光景』という作品を創っているが、彼も、緊迫した現代社会や世界の情勢に対して敏感な振付家の一人である。ダンサーたちは、ほとんど裸の状態で踊る。無に返ってということか、それとも、最近の時流に乗って、身体性について問いかけようというのだろうか。終盤、ダンサーたちが、強烈なストロボライトを浴びながら、倒れていくシーンに至るまで、周到に計算が行き届いた舞台であった。 ダンサーたちも選りすぐられたといった印象を受けた。
 来月は、いよいよオペラ座のために新作を振り付ける。これで3作目の委嘱になるが、『公園』から『カサノヴァ』へと次第に過激になっていくその作風の変遷が気になる。



プレルジョカージュ『N』


●84歳のアンナ・ハルプリンの公演

 昨今、プレルジョカージュやサーシャ・ヴァルツをはじめ、ヌーディズムへの回帰現象がしばしば見られるようになったが、その原点といえば、ポスト・モダンダンスの草分け、アンナ・ハルプリンである。ハルプリンは、マーサ・グラハム、ドリス・ハンフリー、チャールズ・ワイドマンらによって確立されたモダンダンスの流れに乗らず、即興や日常的な動作を発展させながら、自然で根源的な生命力を持ったダンスを探究。マース・カニングハム、メレディス・モンク、シモーヌ・フォルティ、イヴォンヌ・レイナー、トリシャ・ブラウン等ポスト・モダンダンスの舞踊家に大きな影響を与えたほか、門下には、日本の田中泯、川村浪子、エイコ&コマ等もいる。そのハルプリンが、<フェスティヴァル・ドトンヌ・ア・パリ>の招きで、初めてフランスで公演すると知った時、にわかには信じられなかった。ハルプリンは、現在84歳なのである。公演は、9月23日から三日間、ポンピドゥー・センターで行われた。

 プログラムは、1965年初演の『パレードとチェンジ』からの抜粋である『ドレッシング&アンドレッシング』と『ペーパー・ダンス』、そして、ハルプリン自身が出演する、2000年初演の『集中治療、死と臨終に関する考察』の2本。

 『ドレッシング&アンドレッシング』と『ペーパー・ダンス』は、前者は、白のシャツに黒のスーツ姿の 8人のダンサーが、衣服を脱いでは着るという動作をくり返すもの。ダンスというよりハプニングの行為に近い。しかし、非常にスローなテンポで行われる一つ一つの仕草が、非常に洗練されて見え、今から40年前の作品という感じがあまりしない。後者は、タイトルそのままで、裸になったダンサーたちが、舞台に敷かれた長い紙に包まれて動くもので、視覚的にも聴覚的にも、波や風のダイナミックなうねりを表わし、素朴な中に、大自然のエネルギーを感じさせた。

 『集中治療、死と臨終に関する考察』は、ハルプリン自身が集中治療を受けた際の体験が元になっているそうで、舞台には、ハルプリンを含め3人の患者がイスに座り、病気と死の恐怖と戦う光景がくり返され、痛々しくもある。最後に、ハルプリンは、ダンサーたちに抱きかかえられ、息を引き取る場面が演じられるのだが、そのポーズは、ピエタの像のようであった。
 カーテンコールでは、感無量のハルプリンが、観客に、初の来演の喜びの気持ちを語り、客席のスタンディング・オベイションに応えて、うきうきと飛び跳ねる一幕もあった。
 このハルプリンの来演は、パリのダンス・シーズン開幕の一つの事件として記憶されるだろう。

アナ・ハルプリン
『集中治療、死と臨終に関する考察』

●フレデリック・フラマン、マルセイユ・バレエ団のディレクターに

 ピエトラガラが退いて以来、半年ほど空席となっていたマルセイユ・バレエ団およびバレエ学校のディレクターのポストに、ベルギーのシャルルロワ・ダンスを率いる先鋭的振付家フレデリック・フラマンが就任することが、このほど正式に発表された。着任は12月1日から。フラマンの就任で、フランス第ニのカンパニーであるマルセイユ・バレエ団からクラシックのレパートリーが消えたり、バレエ団の中に失業者が出ることなどが懸念されていたが、メートル・ド・バレエにエリック・ヴュ=アン(現アヴィニョン・バレエ団ディレクター)が任命されたので、一挙にフラマン色に染まる心配はなさそうである。
 バレエ団は、現在ノルヴェール・シュムキがディレクターを代行しており、10月は、パリ・オペラ座からゲストを招き、『ジゼル』の上演が行われる予定。

 

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