渡辺真弓 text by Mayumi Watanabe
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●フォーサイス&フランクフルト・バレエ団最後のパリ公演

 フォーサイスとフランクフルト・バレエ団がパリのシャトレ座に初登場したのは、1988年のことだった。
以来、斬新で、時代の先端を突っ走るこのカンパニーの公演は毎年毎年、パリの舞踊界の事件となった。私が見たのは、90年の『スリンゲルランド』が最初で、以後、次々に刺激的な新作に接することができたのは幸運であったが、フォーサイスを招聘したリスナー監督時代の最後の頃には、絶頂に達していた人気もかげりを見せ始めてきた。例えば、96年に上演された『シックス・カウンター・ポインツ』では、初めてブーイングを受けるなど、不名誉な事態も起こり、シャトレ座の新監督としてブロスマンの就任が決まると、契約は更新されなかった。

 その後、99年からパリ郊外のMC93ボビニ−の劇場に場を移し、公演するようになったものの、客層も変わり、第2部から会場をボビニ−からヴィレットへと移して上演した『エンドレス・ハウス』などは、先鋭さがレトロに変わったような平凡なパフォーマンスに終わった。
 次にフォーサイスを招聘することになったのは、エッフェル塔のお膝元、モンタルヴォがディレクタ−を務めるシャイヨ劇場であった。その最初の年、2001年に上演された『ウルフ・フレーズ』などは、新基軸が認められたものの、2002年の『カンマ−/カンマ−』は、フォ−サイスの作品とは思えない凡庸な出来で、長年、フォーサイスを支持してきた評論家たちからも見放されてしまった。

 それから2年、フォーサイスは、再びシャイヨにやってきたが、今回がフランクフルト・バレエ団としての最後の公演となった(6月30日〜7月3日)。来年1月からは独立してフォ−サイス・バレエ団として再スタートする。

 今回上演されたのは、『ザ・ルーム・アズ・イット・ワズ』(2002年初演)、『リチェルカーレ』(2003年)、『(N.N.N.N.)』(2002年)に、再演の『ワン・フラット・シングズ、リプロデュースト』(2000年)の4本。『リチェルカーレ』を除いては、音響はトム・ウィレムス。

 全体に、装飾を排したシンプルな作りながら、踊りの密度が濃く、新生フォーサイス・バレエ団への期待が高まる内容であった。『ザ・ルーム・アズ・イット・ワズ』は8人の出演で、中に、オペラ座出身の長身ダンサー、ペギー・グルラが混じっていて、ポワント・ワークなど個性的な動きで目立っている。息遣いを交えて、ダンサーたちの掛け合いや絡みが追求されている。

 最新作の『リチェルカーレ』は、バッハのピアノ変奏(デヴィッド・モロー)により、ダナ・カスパーセン、アリソン・ブラウン、ファブリス・マズリア、クリストファー・ロマンの精鋭4人が、ソロやデュエットを繰り広げていくものだが、ひねりやけいれん的な動作を主体に、さりげない動きを通して、4人が見えない糸でつながれているのが感じられる佳品であった。

 次の『(N.N.N.N.)』も、4人の男性ダンサーのつながりというのか呼吸を意識した作品。手をつないだり、体をたたいたり、腕を振り動かすなど、手と腕の動きが主になっているが、4人の動きの間の取り方が見事で効果的。

 再演の『ワン・フラット・シングズ』は、前回見た時よりも迫力が増し楽しめた。幕が開くと、後方から地響きを立てながら20のテーブルが押し出されてくる。ダンサーたちは、テーブルをバンと叩きながら、テーブルの上を滑ったり、間の溝にもぐったり、神出鬼没に目まぐるしい移動を展開する。どの作品にも客席の反応は良かったが、最後の作品が終わると、満員の客席からは爆発的な喝采が起こり、カンパニーの新しい門出を祝すかのようであった。ファーサイスとカンパニーの今後を見守っていきたい。

『ワン・フラット・シング』

『(N.N.N.N.)』

●エクサン・プロヴァンスの話題 ケースマイケルがオペラ『班女』を演出

 ロ−ザス率いるアンヌテレサ・ド・ケースマイケルが、三島由紀夫原作の近代能を基にした、細川俊夫作曲の新作オペラ『班女』を演出するというので、エクサン・プロヴァンス・オペラ・フェスティヴァルに出かける。

 ケースマイケルは、つい最近も、テアトル・ド・ラ・ヴィルで、妹のジョラントとの共同演出による『カッサンドラ』を発表するなど、演劇の分野にも進出しており、他方面での活躍が注目されている。

 振付家がオペラの演出を手がける傾向は、近年強まっており、例えば、ピナ・バウシュが、98年のエクス祭で、バルト−ク曲の『青ひげ公の城』を演出したのをはじめ、偶然にも同じ年に、ケースマイケルと山海塾の天児牛大が、それぞれブリュッセルと東京でこのオペラを演出。天児は、さらにリヨンで、ペーター・エ−トヴェシュ作曲のチェーホフ原作『三人姉妹』を演出している。今年はジョゼ・モンタルヴォが、シャトレ座で、ラモー作曲の『レ・パラダン(遍歴の騎士)』の演出、振付を手がけたのをはじめ、モネ劇場では、ヤン・ファーブルがワーグナー曲『タンホイザー』を演出し、それぞれ話題を呼んでいる。


 『班女』を作曲した細川俊夫は、このオペラと同時に、もう1曲近代能をテーマにしたオペラを作曲し、勅使川原三郎演出で、来年東京で初演される予定。振付家に演出を依頼したのは、能なので、動きを重視したかったからだそう。昨年ケースマイケルが来日した際、一緒に能を見に行ったりして、準備が進められた。

 『班女』は、7月8日から25日まで、ジュ・ド・ポーム劇場で上演された。指揮は、王立モネ劇場音楽監督の大野和士、演奏は、モネ室内オーケストラ。
『班女』

 物語は、吉雄に捨てられた芸者の花子が、花子を愛する画家、実子の世話になりながら、恋人の帰りを待つが、吉雄が訪ねてきた時には、もはや彼と認めず、花子は再び実子と共に、彼の帰りを待ち続けるというもの。登場人物は3人。ピナ・バウシュが、『青ひげ公の城』を演出した時は、カンパニーのダンサーたちが舞台を占拠してしまった感があったが、ケースマイケルは、ダンサーを使わず、静謐な音響世界の中で、動きのエッセンスを追求しながら、 夢想的な舞台を展開させた。

 冒頭、無音の中で、花子(ソプラノ:ゾフィー・カルトホイザー)と実子(メッヅォ:リリ・パシキヴィ)が登場し、花子が花魁道中を思わせる着物を羽織ったまま、非常にゆっくりとしたテンポで動いたり、静止したりするシーンは、能の動きを想起させる。床には、扇状に大きな布が敷かれ、花子がこれを腰に巻き付けると、裾が広がり、バルコン席から見ると、シルエットの見映えがよい。花子と実子の二人の配置やポーズ、これに吉雄(バリトン:ウィリアム・デイズリー)が加わった時の構図など、視覚的に振付家らしい美的センスが感じられた。

 エクスでは、オペラ・フェスティヴァルのほかに、7月22日から8月6日まで、ダンス・フェスティヴァル<ダンス・ア・エクス>も開催。アヴァン・プルミエールとして、7月19、22日、プレルジョカ−ジュ振付<N>が上演されたのに続いて、ドミニク・ボワヴァン、ドイツのサミール・アキカ、マルコ・ベレッティーニ、ベルギーのハンス・ヴァン・デン・ブロエク、ミシェル・ノワレ、ジャン=クロード・ガロッタ、マルセイユ・バレエ団など15カンパニーが招かれた。

 ピエトラガラの退陣以来、舞踊監督のポストが空席だったマルセイユ・バレエ団は、舞踊監督を公募していたが、そろそろ後任の人選が決定する頃だろう。

 余談になるが、今夏のエクスは、比較的しのぎやすい暑さでほっとした。以前訪れたときは、覚悟はしていたものの、昼間は灼熱の太陽が照りつけ、5分と外を歩けるものではなかった。酷暑で思い出したが、亡くなった舞踊評論家の市川雅先生に最後にお目にかかったのも、ここエクスであった。あれは1995年のこと、ライン・バレエ団がクルト・ヨ−スの特集を組んでいたので、それを見に行ったのだが、エクスの中心ロトンドの近くのブラッスリーでばったりお会いしたのである。先生は、私がヨ−スのバレエに興味をもっていることに驚いた様子だったが、私が学生だった時、まだピナ・バウシュという名前が日本のメディアの活字にもなっていなかった頃、「さあ、今日はこれからピナ・バウシュのビデオを見に行こう」と誘ってくれるなど、私たち舞踊専攻の学生に様々な新しいダンスへの興味をかき立ててくれたのは、雅先生だった。また、ニューヨークの大野一雄の公演でも、ご一緒した記憶がある。先生は、体調がよくない上に、あの暑さにすっかり参ってしまわれたようだったが、たまたま話に出たビデオをどうしても見たいと言われ、エクスの後、わざわざ時間を割いて、パリの私の自宅まで見にいらしたのだった。それが先生とお話した最後となった。

 

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