渡辺真弓 text by Mayumi Watanabe
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パリを熱狂させたザハーロワと新生ボリショイ・バレエ  - 3演目で13年ぶりのガルニエ来演 -
 既報の通り、新年の1月7日から24日まで、新体制のボリショイ・バレエがガルニエに来演し、空前の人気を呼んだ。日本と異なり、ボリショイ・バレエがフランスにやってくることは非常に珍しい。アナニアシヴィリなど一部のスターがシャンゼリゼ劇場などに客演したことはあっても、全幕ものを携えての本格的な引越公演は91年が最後だった。今回はそれから13年、待望のパリ公演であった。

  開幕の出し物は、チャイコフスキー曲、グリゴロ−ヴィチ版『白鳥の湖』。1969年ボリショイ劇場で初演され、日本では73年のボリショイの来日以来、長年にわたって親しまれてきたものだが、今回上演されたのは、2001年5月に改訂された新版である。従来のハッピーエンドを、オデットが悪魔に連れ去られ、王子は夢から覚めるという終わり方に変えたほかは、特に目立った改訂はみられない。ただ、改訂された最後はやや唐突な感じがし、マイムを削除したたために、劇的盛り上がりを欠くこの演出は、ブルメイステル版やヌレエフ版という決定版になじんだパリの観客には、いま一つ物足りなかったようだ。
  しかし、さすがに、背丈が寸分の狂いもなく揃った24羽の白鳥の群舞や、舞踏会での各国の花嫁候補たちのキャラクター・ダンスの風格ある踊りは、ボリショイならではの素晴らしさだった。

  さて初日のオデット、オディールは、9月にキーロフから移籍したばかりのスヴェトラーナ・ザハーロワ。
この人の十八番の演目で、静と動の世界を見事に踊りわけ、圧巻の一言だが、これまで5つの版を踊ってきたご本人が一番気に入っているというヌレエフ版(2002年にバスティーユに客演)の方が、役の解釈に深みがあるので、魅力が倍加されるようだ。オペラ座で『白鳥の湖』を上演する際は、ぜひまた客演してほしい。

  2日目はナデジダ・グラチョーワの主演。確実なテクニックで、ヨーロッパ的香りの濃いザハーロワの『白鳥』と対照的にロシア的な芯の強さを感じさせる演技を見せてくれた。
  王子役は、初日がアンドレイ・ウヴァーロフ。2日目が病気で参加できなかったセルゲイ・フィーリンに替わって、若手のルスラン・スフォルツォフ。前者は、長身のノーブルで、ダイナミックな跳躍が見事、後者は、折り目正しい踊りで将来性を感じさせた。ただ、オペラ座版で、多くの個性的な王子を見なれているせいか、二人に共通した型にはまったような役作りには違和感を覚えてしまった。なお、2日目の道化に岩田守弘が登場し、機敏なテクニックでさかんに会場を沸かせていた。パ・ド・トロワのマリア・アラシュ、マリア・アレクサンドロワらも好演で、人材の豊富さを印象づけた。



 2番目の演目は、ラコット復元によるプー二曲『ファラオの娘』3幕8場。このバレエは、ロシアにおけるプティパの出世作となった大作で、1862年、サンクトペテルブルグのボリショイ劇場で初演され、大成功を収めるが、1928年マリインスキー劇場での上演を最後に見られなくなってしまう。

  物語は、テオフィール・ゴーチェの『ミイラ小説』を原作にしたもので、舞台は古代エジプト。ピラミッドを訪れたイギリス人のウィルソン卿が、阿片を吸って、ファラオの時代にタイムスリップ。眠りからさめると、彼は青年タオールとなり、そこで、ファラオの娘、アスピチア姫と出会い、恋に落ちる。二人の行く手に王たちの妨害が入るが、最後にめでたく結ばれるというところで、夢からさめる。『シルヴィア』や『ナポリ』『ラ・バヤデール』といった作品につながるロマンティスムとエキゾティスムを融合させた興味深いバレエである。

  ロマンティック・バレエの復元のスペシャリストであるラコットは、故ヌレエフからこのバレエの復元を勧められ、作業に取りかかったが、ヌレエフのオペラ座時代には実現できず、2000年5月、ボリショイ劇場で日の目を見ることになった。まず音楽は、完全な総譜は残っていなかったので、今回の指揮者アレクサンドル・ソトニコフが編曲。第2幕の最後の総踊りの音楽のみ、『エスメラルダ』のパ・ド・ドゥのコーダの曲で聞きなじみがあるほかは、耳なれないメロディーが続く。ラコットは、もともと4時間あったものをおよそ半分の長さに縮めたので、筋の展開が早すぎる部分もあったが、結果的に大変な労作で、これによって、プティパのグランド・バレエの雰囲気を多少なりとも感じ取ることができる。ラコットは、振付だけでなく装置、衣装も自分で手がけている。プログラムの註によれば、第2幕4場のパ・ダクシォンのワルツの一つがステパノフ法の記譜に基づいているという断わりがあるが、それ以外の部分は、ほとんどラコットのアレンジによるものであろうか。全体に彼が復元した『ラ・シルフィード』や『パキータ』と同じようなラコット・スタイルが振付に顕著だ。今回、ボリショイのメンバーが皆若返っていたせいか、群舞もそろって美しく、各ソリストに踊りの見せ場を設けてあるので、個々の力量が発揮されていたように思う。予想以上の成功を収めたパリ公演に、毎晩カーテンコールに姿を見せたラコットも大満足の様子だった。 

 さて、この公演を成功に導いた最大の功労者は主役アスピチアにふんしたザハーロワである。今シーズン初めてこの役を演じたようだが、7着の衣装すべてがよく似合い、テクニック的に不可なしといった余裕で、ラコット・スタイルを踊りこなした上、ロマンティックな雰囲気も十分で、この人のために振付けられたのではないかと思われるほど役にぴったりはまっている。相手役のタオールは、予定されたフィーリンに替わってディミトリ・ベロゴフツェフが演じたが、ソロでは、込み入ったパに手こずっているような印象を受けた。

  アスピチアの奴隷ラムジーのアレクサンドロワは、強いキャラクターの持ち主。バレエ『ナポリ』を思わせるナイル河畔の村の場面に登場する漁師、インナ・ペトローワとディミトリ・グダーノフのカップルは、とりわけグダーノフが素晴らしいソロを見せ、大きな拍手を浴びたほか、ナイルの河底でのアナスタシア・ヤツェンコ、エカテリーナ・シプーリナ、エレーナ・アンドリエンコらの踊りも見ごたえがあり、層の厚さを感じさせた。

  ラムジーを踊ったアレクサンドロワは、別の日にアスピチアも演じてみせた。ザハーロワとは全く異なる、男勝りでエキゾティックな役作りが面白い。タオールのスフォルツォフは、小刻みの速いパを悠々とこなし、逸材ぶりを示し、こちらも今回の発見だった。
  フランス的な出し物が評判を呼んだあと、最後は、ロシアならでは、ボリショイの現在を印象づけるのに最良のショスタコーヴィチ曲、ラトマンスキ−振付の『明るい小川』で、盛況のうちに幕を閉じる。

  このバレエは、1935年レニングラード、マールイ劇場で、フョードル・ロプホーフ振付で初演、続いて、ボリショイ劇場でも上演されるが、テーマが明るすぎるという理由で、当時のスターリン体制下で上演を禁止されてしまう。これを、音楽と台本(アンドレイ・ピョートルフスキーとロプホーフ)はそのまま使い、新たに振付けし直したのが、ラトマンスキーである。この新版は、昨年4月にボリショイで初演されたばかり。

 物語は、『明るい小川』と名付けられたコルホーズにアーティストの一行がやってくるところから始まる。学生ピョートルの妻ジーナと、一行の中のバレリーナは、バレエ学校時代の幼ななじみ。再会の喜びもつかの間、ピョートルは、バレリーナに夢中になり、ジーナをやきもきさせる。夫をこらしめるために、ジーナは、バレリーナに変装して夫とパ・ド・ドゥを踊る。自分の妻が素晴らしいバレリーナであったことに気付いた彼は、ジーナと仲直りするというもの。

  2幕4場のコメディー・バレエは、ショスタコーヴィチの軽快でユーモアに満ちた音楽が、リズミカルで乗りがよく非常に舞踊的なこと、台本の展開が演劇を見るように起伏に富んでいることなどが特徴で、ラトマンスキーは、ロシアの民族舞踊やクラシックの伝統から決して逸脱せずに、華やかで祝祭的な舞台を創り上げることに成功した。

  ボリス・メッセレルの装置、衣装は、ゴンチャロワ美術のバレエ『火の鳥』やアルチンボルドの絵画を思わせる、むせかえるようなロシアの黄金色の色彩を満載したもの。踊り手では、バレリーナ役のアレクサンドロワが、ダイナミックな演技で大活躍。ジーナのペトローワ、ピョートルのユーリ・クレフツォフ、シルフィードに扮し、ポワント芸を披露したイアン・ゴドフスキー等、いずれも芸達者なのに驚かされる。収穫を祝う若い踊り手たちによる群舞は、はつらつとして、この作品が、新生ボリショイのステップの一つになっていることを感じさせる。
  今年からディレクターに就任したラトマンスキーにとって、さい先のよいスタートとなったパリ公演であった。


 

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