HOME信州上田 TSUKURUTE 〜手にした品物の向こうに、今日も作り手がいます〜 『細工は流々』

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『細工は流々』
手にした品物の向こうに、今日も作り手がいます。

数々の荒波をくぐり抜けてきた、木型という一隻の舟。その船底にようやく、厚みのある部材が取り付けられていきます。これぞまさに、本底。この頃にはどの向きから見た姿も、晴れてトゥシューズの優美さを感じさせ始めます。木型を覆うその全てを、力の込もった手作業で丹念に整える。これが「仕上げ」です。

「糊付け」を乗り越えた舟をまず待ち構えるのは、甲板でひらめくサテン生地を船体にしっかりと密着させる作業、「しわ取り」です。取るといっても取り除く訳ではなく、生地を取り、寄せてしわを作るという意味合い。木型を固定装置に据え、アッパーの端を細身のペンチで小刻みに引き寄せていきます。甲板側と繋がっているサテンを船底側に引き寄せ、幾重もの折りひだを作り出すことで、表側には夜明けの湖面のような静けさがもたらされます。作り手のペンチ使いは、器用かつ俊敏。その見事な指さばきは、目にも鮮やかな季節の花を生み出す和菓子職人や、今にも天に昇り出しそうな龍を手がける飴細工職人に勝るとも劣りません。

折りひだを作り寄せるのは、あくまでも船底の前方にのみ。甲板側のアッパーは、舳先に吸い付かせるかのように密着させます。もし僅かにでも気泡が残ると、追って乾燥時にその箇所が膨れ上がってしまいます。決してそうはさせまいと、ここは腕と意地の見せ所です。

船底にさっとボンドが塗られると、航路はいよいよ「仕上げ」の領域へ。膝の上に陣取るのは、重量級の二つのクッション。作り手は、革の本底を手に取って、船底に高い精度であてがうと、柄の短いハンマーでまずは軽めに打ちつけます。「しわ取り」を施した前方部分を入念に、全体を四方八方から美しく均していく作業です。

『カッカッ! コッコッ!』 『ダッダッ!! ドッドッ!!』
乾いたような打撃音と、クッションが跳ね返す鈍く籠った衝突音が、立体的に耳を揺さぶります。「カウンター」の収まりや水平度合いにも目を光らせ、ほんの僅かなズレも叩いて微調整。終盤にはもう一度、本底を強めに打って圧着させます。それらはあたかも、ボクサーが狙いを定めて自在に放ち続ける、無数のパンチ。止むことのない、律動と残響。長い年月を共にしてきた擦り切れたサンドバッグが、そのひたむきな姿を静かに物語っています。

道具の握りは様々に。肝心なのは、自身の力加減が最も伝わりやすいこと。強めの打撃だけでなく、トゥシューズを永く丁寧に撫であげてきたそのハンマーは、一見似つかわしくないほどの滑らかなツヤを放っています。踊り手の足元に美しさをもたらす、打ち出の小槌です。

『どの工程も、左右対称にこなすことが重要です。それももちろん綺麗に、です。まだまだ奥が深いですよ。』 技術の向上を常とする作り手は、少し謙遜気味にそう話します。誰しもそれぞれに利き腕があり、なおかつスピードも求められる状況下での価値あるシンメトリー。一朝一夕には決して成し得ることのない、日々の積み重ねだけがその想いを実現させています。

上質に仕上げられた数々の舟は、乾燥器という大きな洞窟へと誘われ、束の間の静かな眠りに包まれます。半日あるいは一晩中、やがてまた新たな陽射しを浴びるその時まで。

モノ作りでも舞台でも、整えるべきは全体像。上手く硬軟織り交ぜて、作り手は今日も個性際立つ面々に確かな調和をもたらし続けています。

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